なものより、おいらの目が確《たしか》だい。」といって傲然《ごうぜん》とした。
しかり、名も形も性質も知らないで、湿地の苔の中に隠れ生えて、虫を捕獲するのを発見した。滝太郎がものを見る力は、また多とすべきものである。あらかじめ[#「あらかじめ」は底本では「あからじめ」]書籍《ほん》に就いて、その名を心得、その形を知って、且ついかなる処で得らるるかを学んでいるものにも、容易に求猟《あさ》られない奇品であることを思い出した勇美子は、滝太郎がこの苔に就いて、いまだかつて何等の知識もないことに考え到《いた》って、越中の国富山の一箇所で、しかも薄暗い処でなければ産しない、それだけ目に着きやすからぬ不思議な草を、不用意にして採集して来たことに思い及ぶと同時に、名は知るまいといって誇ったのを、にわかに恥じて、差翳《さしかざ》した高慢な虫眼鏡を引込めながら、行儀悪くほとんど匍匐《はらばい》になって、頬杖《ほおづえ》を突いている滝太郎の顔を瞻《みまも》って、心から、
「あなたの目は恐《こわ》いのね。」と極めて真面目《まじめ》にしみじみといった。
勇美子は年紀《とし》も二ツばかり上である。去年父母に従うてこの地に来たが、富山より、むしろ東京に、東京よりむしろ外国に、多く年月を経た。父は前《さき》に仏蘭西《フランス》の公使館づきであったから、勇美子は母とともに巴里《パリイ》に住んで、九ツの時から八年有余、教育も先方《むこう》で受けた、その知識と経験とをもて、何等かこの貴公子に見所があったのであろう、滝太郎といえばかねてより。……
六
「よく見着けて採って来てねえ、それでは私に下さるんですか、頂いておいても宜《よろ》しいの。」
「だから難有《ありがと》うッて言いねえてば、はじめから分ってら。」と滝太郎は有為顔《したりがお》で嬉しそう。
「いいえ、本当に結構でございます。」
勇美子はこういって、猶予《ためら》って四辺《あたり》を見たが、手をその頬の辺《あたり》へ齎《もた》らして唇を指に触れて、嫣然《えんぜん》として微笑《ほほえ》むと斉《ひと》しく、指環《ゆびわ》を抜き取った。玉の透通って紅《あか》い、金色《こんじき》の燦《さん》たるのをつッと出して、
「千破矢さん、お礼をするわ。」
頤杖《あごづえ》した縁側の目の前《さき》に、しかき贈物を置いて、別に意《こころ》にも留
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