ぞうひん》は一個々々《ひとつびとつ》心あって物を語らんとするがごとく、響に触れ、燈《ともし》に映って不残《のこらず》動くように見えて、一種言うべからざる陰惨の趣がある。お兼はじっと見て物をも言わぬ、その一言も発しないのを、感に耐えたからだとも思ったろう。滝太郎は極めて得意な様子でお兼の顔を見遣りながら、件《くだん》のリボン飾《かざり》を指《ゆびさ》して、
「これがね、一番新しいんだぜ。ほら、こないだ総曲輪で、姉やに掴《つか》まった時ね、あの昼間だ、あの阿魔、知事の娘のせいでもあるまいが、何だか取難《とりにく》かったよ、夜店をぶらついてる奴等の簪《かんざし》を抜くたあなぜか勝手が違うんだ。でもとうとう遣ッつけた、可い心持だった、それから、」
と言って飜《ひるがえ》って向うへ廻って、一個《ひとつ》の煙草入を照らして見せ、
「これが最初《はじめて》だ、富山へ来てから一番|前《さき》に遣ったのよ。それからね、見ねえ。」
甚しいかな、古色を帯びた観世音の仏像一体。
「これには弱ったんだ、清全寺ッて言う巨寺《おおでら》の秘仏だっさ。去年の夏頃開帳があって、これを何だ、本堂の真中《まんなか》へ持出して大変な騒ぎを遣るんだ。加賀からも、越後からもね、おい、泊懸《とまりがけ》の参詣《さんけい》で、旅籠町の宿屋はみんな泊《とまり》を断るというじゃあねえか。二十一日の間拝ませた。二十一日目だったかな、おいらも人出に浮かされて見に行ったっけ。寺の近所は八町ばかり往来の留まる程だったが、何が難有《ありがて》えか、まるで狂人《きちがい》だ。人の中を這出《はいだ》して、片息になってお前《めえ》、本尊の前へにじり出て、台に乗っけて小さな堂を据えてよ、錦《にしき》の帳《とばり》を棒の尖《さき》で上げたり下げたりして、その度にわッと唸《うな》らせちゃあ、うんと御賽銭《おさいせん》をせしめてやがる。そのお前、前へ伸上って、帳の中を覗《のぞ》こうとした媼《ばばあ》があったさ。汝《うぬ》血迷ったかといって、役僧め、媼を取って突飛ばすと、人の天窓《あたま》の上へ尻餅を搗《つ》いた。あれ引摺出《ひきずりだ》せと講中《こうじゅう》、肩衣《かたぎぬ》で三方にお捻《ひねり》を積んで、ずらりと並んでいやがったが、七八人|一時《いっとき》に立上がる。忌々《いまいま》しい、可哀そうに老人《としより》をと思って癪《しゃく
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