と薄雪《うすゆき》、淡雪《あはゆき》。降《ふ》るも積《つも》るも風情《ふぜい》かな、未開紅《みかいこう》の梅《うめ》の姿《すがた》。其《そ》の莟《つぼみ》の雪《ゆき》を拂《はら》はむと、置《おき》炬燵《ごたつ》より素足《すあし》にして、化粧《けはひ》たる柴垣《しばがき》に、庭《には》下駄《げた》の褄《つま》を捌《さば》く。
三月《さんぐわつ》
いたいけなる幼兒《をさなご》に、優《やさ》しき姉《あね》の言《い》ひけるは、緋《ひ》の氈《せん》の奧《おく》深《ふか》く、雪洞《ぼんぼり》の影《かげ》幽《かすか》なれば、雛《ひな》の瞬《またゝ》き給《たま》ふとよ。いかで見《み》むとて寢《ね》もやらず、美《うつく》しき懷《ふところ》より、かしこくも密《そ》と見參《みまゐ》らすれば、其《そ》の上《うへ》に尚《な》ほ女夫《めをと》雛《びな》の微笑《ほゝゑ》み給《たま》へる。それも夢《ゆめ》か、胡蝶《こてふ》の翼《つばさ》を櫂《かい》にして、桃《もゝ》と花菜《はなな》の乘合《のりあひ》船《ぶね》。うつゝに漕《こ》げば、うつゝに聞《き》こえて、柳《やなぎ》の土手《どて》に、とんと當《あた》るや鼓《つゞみ》の調《しらべ》、鼓草《たんぽぽ》の、鼓《つゞみ》の調《しらべ》。
四月《しぐわつ》
春《はる》の粧《よそほひ》の濃《こ》き淡《うす》き、朝夕《あさゆふ》の霞《かすみ》の色《いろ》は、消《き》ゆるにあらず、晴《は》るゝにあらず、桃《もゝ》の露《つゆ》、花《はな》の香《か》に、且《か》つ解《と》け且《か》つ結《むす》びて、水《みづ》にも地《つち》にも靡《なび》くにこそ、或《あるひ》は海棠《かいだう》の雨《あめ》となり、或《あるひ》は松《まつ》の朧《おぼろ》となる。山吹《やまぶき》の背戸《せど》、柳《やなぎ》の軒《のき》、白鵝《はくが》遊《あそ》び、鸚鵡《あうむ》唄《うた》ふや、瀬《せ》を行《ゆ》く筏《いかだ》は燕《つばめ》の如《ごと》く、燕《つばめ》は筏《いかだ》にも似《に》たるかな。銀鞍《ぎんあん》の少年《せうねん》、玉駕《ぎよくが》の佳姫《かき》、ともに恍惚《くわうこつ》として陽《ひ》の闌《たけなは》なる時《とき》、陽炎《かげろふ》の帳《とばり》靜《しづか》なる裡《うち》に、木蓮《もくれん》の花《はな》一《ひと》つ一《ひと》つ皆《みな》乳房《ちゝ》の
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