は熊野平碓氷の山岨《やまそば》で刈りつゝ下枝を透かした時、昼の半輪の月を裏山の峰にして、ぽかんと留まつたのが、……其の木兎で。
若い衆が串戯《じようだん》に生捉《いけど》つた。
こんな事はいくらもある。
「洒落《しやれ》に持つてつて御覧なせえ。」と、花政の爺さんが景《けい》ぶつに寄越したのだと言ふのである。
げに人柄こそは思はるれ。……お嬢さん、奥方たち、婦人の風采《ふうさい》によつては、鶯、かなりや、……せめて頬白、※[#「けものへん+葛」、第3水準1−87−81]子鳥《あとり》ともあるべき処《ところ》を、よこすものが、木兎か。……あゝ人柄が思はれる。
が、秋日の縁側に、ふはりと懸り、背戸《せど》の草に浮上つて、傍に、其のもみぢに交る樫の枝に、団栗《どんぐり》の実の転げたのを見た時は、恰《あたか》も買つて来た草中から、ぽつと飛出したやうな思ひがした。
いき餌《え》だと言ふ。……牛肉を少々買つて、生々と差しつけては見たけれど、恁《こ》う、嘴《はし》を伏せ、翼《はね》をすぼめ、あとじさりに、目を据ゑつゝ、あはれに悄気《しよげ》て、ホ、と寂しく、ホと弱く、ポポーと真昼の夢に魘《うな》されたやうに鳴く。
その真黄な大きな目からは、玉のやうな涙がぽろ/\と溢《こぼ》れさうに見える。山懐《やまふところ》に抱かれた稚《おさな》い媛《ひめ》が、悪道士、邪仙人の魔法で呪はれでもしたやうで、血の牛肉どころか、吉野、竜田の、彩色の菓子、墨絵の落雁《らくがん》でも喙《ついば》みさうに、しをらしく、いた/\しい。
……その菓子の袋を添へて、駄賃を少々。特に、もとの山へ戻すやうに、と云つて、花屋の店へ返したが。――まつたく、木の葉草の花の精が顕はれたやうであつた。
こゝに於て、蝶の宿《やどり》を、秋の草にきづかつたのを嘲《あざけ》らない。
「あゝ、ちら/\。」
手にほごす葉を散つて、小さな白いものが飛んだ。障子をふつと潜《くぐ》りつゝ、きのふ今日蚊帳を除つた、薄掻巻《うすかいまき》の、袖に、裾に、ちら/\と舞ひまうたのは、それは綿よりも軽い蘆の穂であつた。
[#地付き](大正十三年十月)
底本:「花の名随筆10 十月の花」作品社
1999(平成11)年9月10日初版第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十七卷」岩波書店
1942(昭和17)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2002年1月28日公開
2005年11月23日修正
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