く、衣紋《えもん》の乱るるまもなくて、かうはなりはてられ候ひき。
 むかでは、これがために寸断され、此処《ここ》に六尺、彼処《かしこ》に二尺、三尺、五尺、七尺、一尺、五寸になり、一分になり、寸々《ずたずた》に切り刻まれ候が、身体《からだ》の黒き、足の赤き、切れめ切れめに酒気を帯びて、一つづつうごめくを見申し候。
 日暮れて式場なるは申すまでもなく、十万の家軒ごとに、おなじ生首提灯の、しかも丈《たけ》三尺ばかりなるを揃うて一斉《いっせい》に灯《ひとも》し候へば、市内の隈々《くまぐま》塵塚《ちりづか》の片隅までも、真蒼《まっさお》き昼とあひなり候。白く染め抜いたる、目、口、鼻など、大路小路の地《つち》の上に影を宿して、青き灯《ひ》のなかにたとへば蝶の舞ふ如く蝋燭《ろうそく》のまたたくにつれて、ふはふはとその幻《まぼろし》の浮いてあるき候ひし。ひとり、唯、単に、一宇《いちう》の門のみ、生首に灯《ひとも》さで、淋《さび》しく暗かりしを、怪しといふ者候ひしが、さる人は皆人の心も、ことのやうをも知らざるにて候。その夜|更《ふ》けて後、俄然《がぜん》として暴風起り、須臾《しゅゆ》のまに大方の提灯を吹き飛ばし、残らず灯《ひ》きえて真闇《まっくら》になり申し候。闇夜《やみよ》のなかに、唯一ツ凄《すさ》まじき音聞え候は、大木の吹折られたるに候よし。さることのくはしくは申上げず候。唯今風の音聞え候。何につけてもおなつかしく候。
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ぢい様
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底本:「外科室・海城発電 他五篇」岩波文庫、岩波書店
   1991(平成3)年9月17日第1刷発行
   2000(平成12)年9月5日第18刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第三巻」岩波書店
   1942(昭和17)年12月25日第1刷発行
初出:「新小説」第二年第六巻
   1897(明治30)年5月
※「読みにくい語、読み誤りやすい語には現代仮名づかいで振り仮名を付す。」との底本の編集方針にそい、ルビの拗促音は小書きしました。
入力:門田裕志
校正:鈴木厚司
2003年8月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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