王。竜神、竜女も、色には迷う験《ため》し候。外海小湖に泥土の鬼畜、怯弱《きょうじゃく》の微輩。馬蛤《まて》の穴へ落ちたりとも、空を翔《か》けるは、まだ自在。これとても、御恩の姫君。事おわして、お召とあれば、水はもとより、自在のわっぱ。電火、地火、劫火《ごうか》、敵火、爆火、手一つでも消しますでしゅ、ごめん。」
とばかり、ひょうと飛んだ。
[#天から4字下げ]ひょう、ひょう。
翁が、ふたふたと手を拍《たた》いて、笑い、笑い、
「漁師町は行水時よの。さらでもの、あの手負《ておい》が、白い脛《すね》で落ちると愍然《ふびん》じゃ。見送ってやれの――鴉《からす》、鴉。」
[#ここから7字下げ]
かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
[#ここで字下げ終わり]
雲は低く灰汁《あく》を漲《みなぎ》らして、蒼穹《あおぞら》の奥、黒く流るる処、げに直顕《ちょっけん》せる飛行機の、一万里の荒海、八千里の曠野《あらの》の五月闇《さつきやみ》を、一閃《いっせん》し、掠《かす》め去って、飛ぶに似て、似ぬものよ。
[#ここから7字下げ]
ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
[#ここで字下げ終わり]
北をさすを、北から吹く、逆らう風はものともせねど、海洋の濤《なみ》のみだれに、雨一しきり、どっと降れば、上下《うえした》に飛《とび》かわり、翔交《かけまじ》って、
[#ここから7字下げ]
かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
ひょう、
ひょう。
…………
…………
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]昭和六(一九三一)年九月
底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年5月23日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
1942(昭和17)年7月より刊行が開始
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:本山智子
校正:門田裕志
2001年7月19日公開
2005年9月26日修正
青空文庫作成ファイル:
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