《ちっこ》い奴だな。」
「それよ、海から己《おれ》たちをつけて来たものではなさそうだ。出た処《とこ》勝負に石段の上に立ちおったで。」
「己《おら》は、魚《さかな》の腸《はらわた》から抜出した怨霊《おんりょう》ではねえかと思う。」
と掴《つか》みかけた大魚|腮《えら》から、わが声に驚いたように手を退《の》けて言った。
「何しろ、水ものには違えねえだ。野山の狐|鼬《いたち》なら、面《つら》が白いか、黄色ずら。青蛙のような色で、疣々《えぼえぼ》が立って、はあ、嘴《くちばし》が尖《とが》って、もずくのように毛が下った。」
「そうだ、そうだ。それでやっと思いつけた。絵に描《か》いた河童《かっぱ》そっくりだ。」
と、なぜか急に勢《いきおい》づいた。
絵そら事と俗には言う、が、絵はそら事でない事を、読者は、刻下に理解さるるであろう、と思う。
「畜生。今ごろは風説《うわさ》にも聞かねえが、こんな処さ出おるかなあ。――浜方へ飛ばねえでよかった。――漁場へ遁《に》げりゃ、それ、なかまへ饒舌《しゃべ》る。加勢と来るだ。」
「それだ。」
「村の方へ走ったで、留守は、女子供だ。相談ぶつでもねえで、すぐ引返《ひっかえ》して、しめた事よ。お前《めえ》らと、己《おら》とで、河童に劫《おど》されたでは、うつむけにも仰向《あおむ》けにも、この顔さ立ちっこねえ処だったぞ、やあ。」
「そうだ、そうだ。いい事をした。――畜生、もう一度出て見やがれ。あたまの皿ア打挫《ぶっくじ》いて、欠片《かけら》にバタをつけて一口だい。」
丸太棒を抜いて取り、引きそばめて、石段を睨上《ねめあ》げたのは言うまでもない。
「コワイ」
と、虫の声で、青蚯蚓《あおみみず》のような舌をぺろりと出した。怪しい小男は、段を昇切った古杉の幹から、青い嘴《くちばし》ばかりを出して、麓《ふもと》を瞰下《みおろ》しながら、あけびを裂いたような口を開けて、またニタリと笑った。
その杉を、右の方へ、山道が樹《こ》がくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱《はえみだ》れ、どくだみの香深く、薊《あざみ》が凄《すさま》じく咲き、野茨《のばら》の花の白いのも、時ならぬ黄昏《たそがれ》の仄明《ほのあか》るさに、人の目を迷わして、行手を遮る趣がある。梢《こずえ》に響く波の音、吹当つる浜風は、葎《むぐら》を渦に廻わして東西を失わす。この坂、
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