いかい。」
 笛吹は、こまかい薩摩《さつま》の紺絣《こんがすり》の単衣《ひとえ》に、かりものの扱帯《しごき》をしめていたのが、博多《はかた》を取って、きちんと貝の口にしめ直し、横縁の障子を開いて、御社《おやしろ》に。――一座|退《しさ》って、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。

 栗鼠《りす》が仰向《あおむ》けにひっくりかえった。
 あの、チン、カラ、カラカラカラカラ、笛吹の手の雀は雀、杓子は、しゃ、しゃ、杓子と、す、す、す、擂粉木を、さしたり、引いたり、廻り踊る。ま、ま、真顔を見さいな。笑わずにいられるか。
 泡を吐き、舌を噛《か》み、ぶつぶつ小じれに焦《じ》れていた、赤沼の三郎が、うっかりしたように、思わず、にやりとした。
 姫は、赤地錦の帯脇に、おなじ袋の緒をしめて、守刀《まもりがたな》と見参らせたは、あらず、一管の玉の笛を、すっとぬいて、丹花の唇、斜めに氷柱《つらら》を含んで、涼しく、気高く、歌口を――
 木菟《みみずく》が、ぽう、と鳴く。
 社の格子が颯《さっ》と開くと、白兎が一羽、太鼓を、抱くようにして、腹をゆすって笑いながら、撥音《ばちおと》を低く、かすめて打った。
 河童の片手が、ひょいと上って、また、ひょいと上って、ひょこひょこと足で拍子を取る。
 見返りたまい、
「三人を堪忍してやりゃ。」
「あ、あ、あ、姫君。踊って喧嘩はなりませぬ。うう、うふふ、蛇も踊るや。――藪《やぶ》の穴から狐も覗《のぞ》いて――あはは、石投魚《いしなげ》も、ぬさりと立った。」
 わっと、けたたましく絶叫して、石段の麓《ふもと》を、右往左往に、人数は五六十、飛んだろう。
 赤沼の三郎は、手をついた――もうこうまいる、姫神様。……
「愛想《あいそ》のなさよ。撫子《なでしこ》も、百合も、あるけれど、活きた花を手折ろうより、この一折持っていきゃ。」
 取らしょうと、笛の御手《みて》に持添えて、濃い紫の女扇を、袖すれにこそたまわりけれ。
 片手なぞ、今は何するものぞ。
「おんたまものの光は身に添い、案山子《かかし》のつづれも錦《にしき》の直垂《ひたたれ》。」
 翁が傍《かたわら》に、手を挙げた。
「石段に及ばぬ、飛んでござれ。」
「はあ、いまさらにお恥かしい。大海|蒼溟《そうめい》に館《やかた》を造る、跋難侘《ばつなんだ》竜王、娑伽羅《しゃがら》竜王、摩那斯《まなし》竜
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