三つ、星に似て、ただ町の屋根は音のない波を連ねた中に、森の雲に包まれつつ、その旅館――桂井の二階の欄干が、あたかも大船の甲板のように、浮いている。
 が、鬼神の瞳に引寄せられて、社《やしろ》の境内なる足許に、切立《きったて》の石段は、疾《はや》くその舷《ふなばた》に昇る梯子《はしご》かとばかり、遠近《おちこち》の法規《おきて》が乱れて、赤沼の三郎が、角の室という八畳の縁近に、鬢《びん》の房《ふっさ》りした束髪と、薄手な年増の円髷《まるまげ》と、男の貸広袖《かしどてら》を着た棒縞《ぼうじま》さえ、靄《もや》を分けて、はっきりと描かれた。
「あの、三人は?」
「はあ、されば、その事。」
 と、翁が手庇《てびさし》して傾いた。
 社の神木の梢《こずえ》を鎖《とざ》した、黒雲の中に、怪しや、冴えたる女の声して、
「お爺さん――お取次。……ぽう、ぽっぽ。」
 木菟《みみずく》の女性である。
「皆、東京の下町です。円髷は踊の師匠。若いのは、おなじ、師匠なかま、姉分《あねぶん》のものの娘です。男は、円髷の亭主です。ぽっぽう。おはやし方の笛吹きです。」
「や、や、千里眼。」
 翁が仰ぐと、
「あら、そんなでもありませんわ。ぽっぽ。」
 と空でいった。河童の一肩、聳《そび》えつつ、
「芸人でしゅか、士農工商の道を外れた、ろくでなしめら。」
「三郎さん、でもね、ちょっと上手だって言いますよ、ぽう、ぽっぽ。」
 翁ははじめて、気だるげに、横にかぶりを振って、
「芸一通りさえ、なかなかのものじゃ。達者というも得難いに、人間の癖にして、上手などとは行過ぎじゃぞよ。」
「お姫様、トッピキピイ、あんな奴はトッピキピイでしゅ。」
 と河童は水掻《みずかき》のある片手で、鼻の下を、べろべろと擦《こす》っていった。
「おおよそ御合点と見うけたてまつる。赤沼の三郎、仕返しは、どの様に望むかの。まさかに、生命《いのち》を奪《と》ろうとは思うまい。厳しゅうて笛吹は眇《めかち》、女どもは片耳|殺《そ》ぐか、鼻を削るか、蹇《あしなえ》、跛《びっこ》どころかの――軽うて、気絶《ひきつけ》……やがて、息を吹返さすかの。」
「えい、神職様《かんぬしさま》。馬蛤《まて》の穴にかくれた小さなものを虐《しいた》げました。うってがえしに、あの、ご覧《ろう》じ、石段下を一杯に倒れた血みどろの大魚《おおうお》を、雲の中から、ずど
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