れど、京千代と来たら、玉乗りに凝ってるから、片端《かたっぱし》から、姉様《あねさま》も殿様も、紅《あか》い糸や、太白で、ちょっとかがって、大小|護謨毬《ゴムまり》にのッけて、ジャズ騒ぎさ、――今でいえば。
 主婦《おかみ》に大目玉をくった事があるんだけれど、弥生《やよい》は里の雛遊《ひなあそ》び……は常磐津《ときわづ》か何かのもんくだっけ。お雛様を飾った時、……五人|囃子《ばやし》を、毬にくッつけて、ぽんぽんぽん、ころん、くるくるなんだもの。
 ところがね、真夜中さ。いいえ、二人はお座敷へ行っている……こっちはお茶がちだから、お節句だというのに、三人のいつもの部屋で寝ました処、枕許が賑《にぎや》かだから、船底を傾けて見ますとね、枕許を走ってる、長い黒髪の、白いきものが、球に乗って、……くるりと廻ったり、うしろへ反ったり、前へ辷《すべ》ったり、あら、大きな蝶が、いくつも、いくつも雪洞《ぼんぼり》の火を啣《くわ》えて踊る、ちらちら紅い袴《はかま》が、と吃驚《びっくり》すると、お囃子が雛壇で、目だの、鼓の手、笛の口が動くと思うと、ああ、遠い高い処、空の座敷で、イヤアと冴えて、太鼓の掛声、それが聞覚えた、京千代ちい姐《ねえ》。
 ……ものの形をしたものは、こわいように、生きていますわね。

 ――やがてだわね、大きな樹の下の、畷《なわて》から入口の、牛小屋だが、厩《うまや》だかで、がたんがたん、騒しい音がしました。すっと立って若い人が、その方へ行きましたっけ。もう返った時は、ひっそり。苧殻《おがら》の燃《もえ》さし、藁の人形を揃えて、くべて、逆縁ながらと、土瓶をしたんで、ざあ、ちゅうと皆消えると、夜あらしが、颯《さっ》と吹いて、月が真暗《まっくら》になって、しんとする。(行きましょう、行きましょう。)ぞっと私は凄《すご》くなって、若い人の袖を引張《ひっぱ》って、見はるかしの田畝道へ。……ほっとして、
(聞かして下さいまし、どんなお方)。
(私か。)
(あなた。)
(森の祠の、金勢明神《こんせいみょうじん》。)
(…………)
(男の勢だ。)
(キャア。)
 話に聞いた振袖新造《ふりそでしんぞ》が――台のものあらしといって、大びけ過ぎに女郎屋の廊下へ出ましたと――狸に抱かれたような声を出して、夢中で小一町駆出しましたが、振向いても、立って待っても、影も形も見えません、もう朝もやが白んで来ました。
 それなの、あなた、ただいま行いました、小さなこの人形たちは。」
 掌《たなそこ》にのせた紙入形を凝《じっ》とためて、
「人数《にんず》が足りないかしら、もっとも九ツ坊さんと来りゃあ、恋も呪《のろい》もしますからね。」
 で、口を手つだわせて、手さきで扱《しご》いて、懐紙《ふところがみ》を、蚕《かいこ》を引出すように数を殖《ふや》すと、九つのあたまが揃って、黒い扉の鍵穴へ、手足がもじゃ、もじゃ、と動く。……信也氏は脇の下をすくめて、身ぶるいした。
「だ……」
 がっかりして、
「めね……ちょっと……お待ちなさいよ。」
 信也氏が口をきく間もなく、
「私じゃ術がきかないんだよ。こんな時だ。」
 何をする。
 風呂敷を解いた。見ると、絵筒である。お妻が蓋《ふた》を抜きながら、
「雪おんなさん。」
「…………」
「あなたがいい、おばけだから、出入りは自由だわ。」
 するすると早や絹地を、たちまち、水晶の五輪塔を、月影の梨の花が包んだような、扉に白く絵の姿を半ば映した。
「そりゃ、いけなかろう、お妻さん。」
 鴾の作品の扱い方をとがめたのではない、お妻の迷《まよい》をいたわって、悟そうとしたのである。
「いいえ、浅草の絵馬の馬も、草を食べたというじゃありませんか。お京さんの旦那だから、身贔屓《みびいき》をするんじゃあないけれど、あれだけ有名な方の絵が、このくらいな事が出来なくっちゃ。」
 絵絹に、その面影が朦朧《もうろう》と映ると見る間に、押した扉が、ツトおのずから、はずみにお妻の形を吸った。
「ああ、吃驚《びっくり》、でもよかった。」
 と、室《へや》の中から、
「そら、御覧なさい、さあ、あなたも。」
 どうも、あけ方が約束に背いたので、はじめから、鍵はかかっていなかったらしい。ただ信也氏が手を掛けて試みなかったのは、他に責《せめ》を転じたのではない。空室《あきま》らしい事は分っていたから。しかし、その、あえてする事をためらったのは、卑怯《ひきょう》ともいえ、消極的な道徳、いや礼儀であった。
 つい信也氏も誘われた。
 する事も、いう事も、かりそめながら、懐紙の九ツの坊さんで、力およばず、うつくしいばけものの、雪おんな、雪女郎の、……手も袖もまだ見ない、膚《はだ》であいた室《へや》である。
 一室《ひとま》――ここへ入ってからの第二の……第三の妖《よう
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