が白んで来ました。
 それなの、あなた、ただいま行いました、小さなこの人形たちは。」
 掌《たなそこ》にのせた紙入形を凝《じっ》とためて、
「人数《にんず》が足りないかしら、もっとも九ツ坊さんと来りゃあ、恋も呪《のろい》もしますからね。」
 で、口を手つだわせて、手さきで扱《しご》いて、懐紙《ふところがみ》を、蚕《かいこ》を引出すように数を殖《ふや》すと、九つのあたまが揃って、黒い扉の鍵穴へ、手足がもじゃ、もじゃ、と動く。……信也氏は脇の下をすくめて、身ぶるいした。
「だ……」
 がっかりして、
「めね……ちょっと……お待ちなさいよ。」
 信也氏が口をきく間もなく、
「私じゃ術がきかないんだよ。こんな時だ。」
 何をする。
 風呂敷を解いた。見ると、絵筒である。お妻が蓋《ふた》を抜きながら、
「雪おんなさん。」
「…………」
「あなたがいい、おばけだから、出入りは自由だわ。」
 するすると早や絹地を、たちまち、水晶の五輪塔を、月影の梨の花が包んだような、扉に白く絵の姿を半ば映した。
「そりゃ、いけなかろう、お妻さん。」
 鴾の作品の扱い方をとがめたのではない、お妻の迷《まよい》をいたわって、悟そうとしたのである。
「いいえ、浅草の絵馬の馬も、草を食べたというじゃありませんか。お京さんの旦那だから、身贔屓《みびいき》をするんじゃあないけれど、あれだけ有名な方の絵が、このくらいな事が出来なくっちゃ。」
 絵絹に、その面影が朦朧《もうろう》と映ると見る間に、押した扉が、ツトおのずから、はずみにお妻の形を吸った。
「ああ、吃驚《びっくり》、でもよかった。」
 と、室《へや》の中から、
「そら、御覧なさい、さあ、あなたも。」
 どうも、あけ方が約束に背いたので、はじめから、鍵はかかっていなかったらしい。ただ信也氏が手を掛けて試みなかったのは、他に責《せめ》を転じたのではない。空室《あきま》らしい事は分っていたから。しかし、その、あえてする事をためらったのは、卑怯《ひきょう》ともいえ、消極的な道徳、いや礼儀であった。
 つい信也氏も誘われた。
 する事も、いう事も、かりそめながら、懐紙の九ツの坊さんで、力およばず、うつくしいばけものの、雪おんな、雪女郎の、……手も袖もまだ見ない、膚《はだ》であいた室《へや》である。
 一室《ひとま》――ここへ入ってからの第二の……第三の妖《よう
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