、鍵のかかっていないことは分っています。こんな蒸暑さでも心得は心得で、縁も、戸口も、雨戸はぴったり閉っていましたが、そこは古い農家だけに、節穴だらけ、だから、覗《のぞ》くと、よく見えました。土間の向うの、大《おおき》い炉のまわりに女が三人、男が六人、ごろんごろん寝ているのが。
若い人が、鼻紙を、と云って、私のを――そこらから拾って来た、いくらもあります、農家だから。――藁すべで、前刻《さっき》のような人形を九つ、お前さん、――そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっと包《くる》めた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃありませんか。
敷居際へ、――炉端のようなおなじ恰好《かっこう》に、ごろんと順に寝かして、三度ばかり、上から掌《てのひら》で俯向《うつむ》けに撫《な》でたと思うと、もう楽なもの。
若い人が、ずかずか入って、寝ている人間の、裾《すそ》だって枕許《まくらもと》だって、構やしません。大まかに掻捜して、御飯、お香こう、お茶の土瓶まで……目刺を串ごと。旧の盆過ぎで、苧殻《おがら》がまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて焼くんだもの、呆れました。(門火《かどび》、門火。)なんのと、呑気《のんき》なもので、(酒だと燗《かん》だが、こいつは死人焼《しびとやき》だ。このしろでなくて仕合せ、お給仕をしようか。)……がつがつ私が食べるうちに、若い女が、一人、炉端で、うむと胸も裾もあけはだけで起上りました。あなた、その時、火の誘った夜風で、白い小さな人形がむくりと立ったじゃありませんか。ぽんと若い人が、その人形をもろに倒すと、むこうで、ばったり、今度は、うつむけにまた寝ました。
驚きましたわ。藁を捻《ひね》ったような人形でさえ、そんな業《わざ》をするんだもの。……活きたものは、いざとなると、どんな事をしようも知れない、可恐《おそろし》いようね、ええ?……――もう行《や》ってる、寝込《ねごみ》の御飯をさらって死人焼で目刺を――だって、ほほほ、まあ、そうね……
いえね、それについて、お前さん――あなたの前だけども、お友だちの奥さん、京千代さんは、半玉の時分、それはいけずの、いたずらでね、なかの妹(お民をいう)は、お人形をあつかえばって、屏風《びょうぶ》を立てて、友染の掻巻《かいまき》でおねんねさせたり、枕を二つならべたり、だったけ
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