って騒ぐ。
「いえね、お前さん出来るわけがありますの。……その野宿で倒れた時さ――当にして行った仙台の人が、青森へ住替えたというので、取りつく島からまた流れて、なけなしの汽車のお代。盛岡とかいう処で、ふっと気がつくと、紙入がない、切符がなし。まさか、風体を視《み》たって箱仕事もしますまい。間抜けで落したと気がつくと、鉄道へ申し訳がありません。どうせ、恐入るものをさ、あとで気がつけば青森へ着いてからでも御沙汰《おさた》は同じだものを、ちっとでも里数の少い方がお詫《わび》がしいいだろうでもって、馬鹿さが堪《たま》らない。お前さん、あたふた、次の駅で下りましたがね。あわてついでに改札口だか、何だか、ふらふらと出ますとね、停車場も汽車も居なくなって、町でしょう、もう日が、とっぷり暮れている。夜道の落人、ありがたい、網の目を抜けたと思いましたが、さあ、それでも追手が掛《かか》りそうで、恐い事――つかまったって、それだけだものを、大した御法でも背いたようでね。ええ、だもんだから、腹がすけば、ぼろ撥《ばち》一|挺《ちょう》なくっても口三味線で門附けをしかねない図々しい度胸なのが、すたすたもので、町も、村も、ただ人気のない処と遁《に》げましたわ、知らぬ他国の奥州くんだり、東西も弁《わきま》えない、心細い、畷道《なわてみち》。赤い月は、野末に一つ、あるけれど、もと末も分らない、雲を落ちた水のような畝《うね》った道を、とぼついて、堪らなくなって――辻堂へ、路傍《みちばた》の芒《すすき》を分けても、手に露もかかりません。いきれの強い残暑のみぎり。
まあ、のめり込んだ御堂の中に、月にぼやっと菅笠ほどの影が出来て、大きな梟《ふくろう》――また、あっちの森にも、こっちの林にも鳴いていました――その梟が、顱巻《はちまき》をしたような、それですよ。……祭った怪しい、御本体は。――
この私だから度胸を据えて、褌《ふんどし》が紅《あか》でないばかり、おかめが背負《しょ》ったように、のめっていますと、(姉さん一緒においで。――)そういって、堂のわきの茂りの中から、大方、在方《ざいかた》の枝道を伝って出たと見えます。うす青い縞《しま》の浴衣だか単衣《ひとえ》だか、へこ帯のちょい結びで、頬被《ほおかぶり》をしたのが、菅笠をね、被《かぶ》らずに、お前さん、背中へ掛けて、小さな風呂敷包みがその下にあるらしい
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