ちらと帆が見えて海から吹通しの風|颯《さつ》と、濡れた衣《きぬ》の色を乱して記念《かたみ》の浴衣は揺《ゆら》めいた。親仁はうしろへ伸上って、そのまま出ようとする海苔粗朶《のりそだ》の垣根の許《もと》に、一本二本咲きおくれた嫁菜の花、葦《あし》も枯れたにこはあわれと、じっと見る時、菊枝は声を上げてわっと泣いた。

「妙法蓮華経如来寿量品《みょうほうれんげきょうにょらいじゅりょうぼん》第十六|自我得仏来所経諸劫数無量百千万億載阿僧祇《じがとくぶつらいしょきょうしょごうすうむりょうひゃくせんまんおくさいあそうぎ》。」
 川下の方から寂《しん》として聞えて来る、あたりの人の気勢《けはい》もなく、家々の灯《ともし》も漏れず、流《ながれ》は一面、岸の柳の枝を洗ってざぶりざぶりと音する中へ、菊枝は両親《ふたおや》に許されて、髪も結い、衣服もわざと同一《おなじ》扮《なり》で、お縫が附添い、身を投げたのはここからという蓬莱橋から、記念《かたみ》の浴衣を供養した。七日《なぬか》経《た》ってちょうど橘之助が命日のことであった。
「菊《きい》ちゃん、」
「姉さん、」
 二人は顔を見合せたが、涙ながらに手を合せて、捧げ持って、
「南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》、」
「南無阿弥陀仏。」
 折から洲崎のどの楼《うち》ぞ、二階よりか三階よりか、海へ颯《さっ》と打込む太鼓。
 浴衣は静《しずか》に流れたのである。
 菊枝は活々《いきいき》とした女《むすめ》になったが、以前から身に添えていた、菊五郎格子の帯揚《おびあげ》に入れた写真が一枚、それに朋輩の女《むすめ》から、橘之助の病気見舞を紅筆《べにふで》で書いて寄越《よこ》したふみとは、その名の菊の枝に結んで、今年は二十《はたち》。
[#地から1字上げ]明治三十三(一九〇〇)年十一月



底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第六卷」岩波書店
   1941(昭和16)年11月10日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:染川隆俊
2009年5月10日作成
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