と、消えかかった松明が赫《かッ》と燃えて、あれあれ、女の身の丈に、めらめらと空へ立った。
先生の身体《からだ》が、影のように帰って来て、いましめを解くと一所に、五体も溶けたようなお道さんを、確《しか》と腕に抱きました。
いや何とも……酔った勢いで話しましたが、その人たちの事を思うと、何とも言いようがねえ。
実は、私《わっし》と云うものは……若奥様には内証だが、その高崎の旦那に、頼まれまして、技師の方が可《い》い、とさえと一言《ひとこと》云えば、すぐに合鍵を拵《こしら》えるように、道中お抱えだったので。……何、鍵までもありゃしません。――天幕でお道さんが相談をしました時、寸法を見るふりをして、錠は、はずしておいたんでございますのに――
皆、何とも言いようがねえ、見てござった地蔵様にも手のつけようがなかったに違えねえ。若旦那のお心持も察して上げておくんなせえ。
あくる日|岨道《そばみち》を伝いますと、山から取った水樋《みずどよ》が、空を走って、水車《みずぐるま》に颯《さっ》と掛《かか》ります、真紅《まっか》な木の葉が宙を飛んで流れましたっけ、誰の血なんでございましょう。」
[#ここから6字下げ]
(峰の白雪|麓《ふもと》の氷
今は互に隔てていれど)
[#ここで字下げ終わり]
あとで、鋳掛屋に立山を聴いた――追善の心である。皆涙を流した……座は通夜のようであった。
姨捨山の月霜にして、果《はてし》なき谷の、暗き靄《もや》の底に、千曲川は水晶の珠数の乱るるごとく流れたのである。
[#地から1字上げ]大正九(一九二〇)年十二月
底本:「泉鏡花集成6」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十卷」岩波書店
1941(昭和16)年5月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、「安達《あだち》ヶ原」「梟《ふくろ》ヶ|嶽《たけ》」は小振りに、「焼《やけ》ヶ嶽」は大振りにつくっています。
※誤植の確認には底本の親本を参照しました。
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2007年2月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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