ぱら》に伝わった、電信の鋼線《はりがね》の下あたりを、木の葉の中に現れて、茶色の洋服で棒のようなものを持って、毛虫が動くように小さく歩行《ある》いている形を視《み》た。……鉄砲打の鳥おどしかと思ったが、大きにそんなのが局員の先生で、この姉さんの旦那かも知れねえよ。
 が何しろ留守だ。
(鋳掛……錠前直し。)……
 と崖ぶちの日向《ひなた》に立ったが、紺足袋の繕い。……雪の襟脚、白い手だ。悚然《ぞっ》とするほど身に沁みてなりませんや。
 遥《はるか》に見える高山の、かげって桔梗色《ききょういろ》したのが、すっと雪を被《かつ》いでいるにつけても。で、そこへまず荷をおろしました。
(や、えいとこさ。)と、草鞋《わらじ》の裏が空へ飜《かえ》るまで、山端《やまばた》へどっしりと、暖かい木の葉に腰を落した。
 間拍子もきっかけも渡らねえから、ソレ向うの嶽《たけ》の雪を視《み》ながら、
(ああ、降ったる雪かな。)
 とか何とか、うろ覚えの独言《ひとりごと》を言ってね、お前さん、
(それ、雪は鵝毛《がもう》に似て飛んで散乱し、人は鶴※[#「敞/毛」、第3水準1−86−46]《かくしょう》を着て立って徘徊《はいかい》すと言えり……か。)
 なんのッて、ひらひらと来る紅色《べにいろ》の葉から、すぐに吸いつけるように煙草《たばこ》を吹かした。が、何分にも鋳掛屋じゃあ納《おさま》りませんな。
 ところでさて、首に巻いた手拭《てぬぐい》を取って、払《はた》いて、馬士《まご》にも衣裳《いしょう》だ、芳原かぶりと気取りましたさ。古三味線を、チンとかツンとか引掻鳴《ひっかきな》らして、ここで、内証で唄ったやつでさ。
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峰の白雪、麓の氷――
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 旦那、顔を見っこなし……極《きまり》が悪い……何と、もし、これで別嬪の姉さんを引寄せようという腹だ、おかしな腹だ、狸《たぬき》の腹だね。
 だが、こいつあこちとら徒《であい》の、すなわち狸の腹鼓という甘術《あまて》でね。不気味でも、気障《きざ》でも、何でも、聞く耳を立てるうちに、うかうかと釣出されずにゃいねえんだね。どうですえ、……それ、来ました。」
 と不意に振向く、階子段《はしごだん》の暗い穴。
 小村さんも私も慄然《ぞっと》した。
 女房はなおの事……
「あれ、吃驚《びっくり》した。」
 と膝で摺寄《すりよ
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