をする。その工合が、謹んで聞け、といった、頗《すこぶ》る権高なものさ。どかりとそこへ構え込んだ。その容子《ようす》が膝も腹もずんぐりして、胴中《どうなか》ほど咽喉《のど》が太い。耳の傍《わき》から眉間《みけん》へ掛けて、小蛇のように筋が畝《うね》くる。眉が薄く、鼻がひしゃげて、ソレその唇の厚い事、おまけに頬骨がギシと出て、歯を噛《か》むとガチガチと鳴りそう。左の一眼べとりと盲《し》い、右が白眼《しろまなこ》で、ぐるりと飜《かえ》った、しかも一面、念入の黒痘瘡《くろあばた》だ。
 が、争われないのは、不具者《かたわ》の相格《そうごう》、肩つきばかりは、みじめらしくしょんぼりして、猪《い》の熊入道もがっくり投首の抜衣紋《ぬきえもん》で居たんだよ。」

       十五

「いえな、何も私が意地悪を言うわけではないえ。」
 と湊屋の女中、前垂の膝を堅くして――傍《かたわら》に柔かな髪の房《ふっさ》りした島田の鬢《びん》を重そうに差俯向《さしうつむ》く……襟足白く冷たそうに、水紅色《ときいろ》の羽二重《はぶたえ》の、無地の長襦袢《ながじゅばん》の肩が辷《すべ》って、寒げに脊筋の抜けるまで、嫋《なよ》やかに、打悄《うちしお》れた、残んの嫁菜花《よめな》の薄紫、浅葱《あさぎ》のように目に淡い、藤色|縮緬《ちりめん》の二枚着で、姿の寂しい、二十《はたち》ばかりの若い芸者を流盻《しりめ》に掛けつつ、
「このお座敷は貰《もろ》うて上げるから、なあ和女《あんた》、もうちゃっと内へお去《い》にや。……島家の、あの三重《みえ》さんやな、和女、お三重さん、お帰り!」
 と屹《きっ》と言う。
「お前さんがおいでやで、ようお客さんの御機嫌を取ってくれるであろうと、小女《こおんな》ばかり附けておいて、私が勝手へ立違うている中《うち》や、……勿体ない、お客たちの、お年寄なが気に入らぬか、近頃山田から来た言うて、こちの私の許《とこ》を見くびったか、酌をせい、と仰有《おっしゃ》っても、浮々《うきうき》とした顔はせず……三味線《さみせん》聞こうとおっしゃれば、鼻の頭《さき》で笑うたげな。傍《そば》に居た喜野が見かねて、私の袖を引きに来た。
 先刻《さっき》から、ああ、こうと、口の酸くなるまで、機嫌を取るようにして、私が和女の調子を取って、よしこの一つ上方唄でも、どうぞ三味線の音《ね》をさしておくれ。お客
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