(鳥なの、母様《おっかさん》。)とそういってその時私が聴いた。
これにも母様は少し口籠《くちごも》っておいでであったが、
(鳥じゃあないよ、翼《はね》の生えた美しい姉さんだよ。)
どうしても分らんかった。うるさくいったら、しまいにゃ、お前には分らない、とそうおいいであったのを、また推返《おしかえ》して聴いたら、やっぱり、
(翼《はね》の生えたうつくしい姉さんだってば。)
それで仕方がないからきくのはよして、見ようと思った。そのうつくしい翼のはえたもの見たくなって、どこに居ます/\[#「/\」はママ]ッて、せッついても、知らないと、そういってばかりおいでであったが、毎日々々あまりしつこかったもんだから、とうとう余儀なさそうなお顔色《かおつき》で、
(鳥屋の前にでもいって見て来るが可《い》い。)
そんならわけはない。
小屋を出て二町ばかり行《ゆ》くと、直ぐ坂があって、坂の下口《おりくち》に一軒鳥屋があるので、樹蔭《こかげ》も何にもない、お天気のいい時あかるいあかるい小さな店で、町家《まちや》の軒ならびにあった。鸚鵡《おうむ》なんざ、くるッとした、露のたりそうな、小さな眼で、あれで瞳が動きますよ。毎日々々行っちゃあ立っていたので、しまいにゃあ見知顔で私の顔を見て頷《うなず》くようでしたっけ、でもそれじゃあない。
駒鳥《こま》はね、丈の高い、籠ん中を下から上へ飛んで、すがって、ひょいと逆《さかさ》に腹を見せて熟柿《じゅくし》の落《おっ》こちるようにぼたりとおりて、餌《え》をつついて、私をばかまいつけない、ちっとも気に懸けてくれようとはしなかった、それでもない。皆《みんな》違ってる。翼《はね》の生えたうつくしい姉さんは居ないのッて、一所に立った人をつかまえちゃあ、聞いたけれど、笑うものやら、嘲《あざ》けるものやら、聞かないふりをするものやら、つまらないとけなすものやら、馬鹿だというものやら、番小屋の媽々《かか》に似て此奴《こいつ》もどうかしていらあ、というものやら。皆《みんな》獣《けだもの》だ。
(翼《はね》の生えたうつくしい姉さんは居ないの。)ッて聞いた時、莞爾《にっこり》笑って両方から左右の手でおうように私の天窓《あたま》を撫《な》でて行った、それは一様に緋羅紗《ひらしゃ》のずぼんを穿《は》いた二人の騎兵で――聞いた時――莞爾《にっこり》笑って、両方から左右の手で、おうように私の天窓をなでて、そして手を引《ひき》あって黙って坂をのぼって行った。長靴の音がぽっくりして、銀の剣の長いのがまっすぐに二ツならんで輝いて見えた。そればかりで、あとは皆馬鹿にした。
五日ばかり学校から帰っちゃあその足で鳥屋の店へ行って、じっと立って、奥の方の暗い棚ん中で、コトコトと音をさしているその鳥まで見覚えたけれど、翼《はね》の生えた姉さんは居ないので、ぼんやりして、ぼッとして、ほんとうに少し馬鹿になったような気がしいしい、日が暮れると帰り帰りした。で、とても鳥屋には居ないものとあきらめたが、どうしても見たくッてならないので、また母様にねだって聞いた。どこに居るの、翼の生えたうつくしい人はどこに居るのッて。何とおいいでも肯分《ききわ》けないものだから母様が、
(それでは林へでも、裏の田圃《たんぼ》へでも行って、見ておいで。なぜッて、天上に遊んでいるんだから、籠の中に居ないのかも知れないよ。)
それから私、あの、梅林のある処に参りました。
あの桜山と、桃谷と、菖蒲《あやめ》の池とある処で。
しかし、それはただ青葉ばかりで、菖蒲の短いのがむらがってて、水の色の黒い時分、ここへも二日、三日続けて行《ゆ》きましたっけ、小鳥は見つからなかった。烏が沢山《たんと》居た。あれが、かあかあ鳴いて一しきりして静まるとその姿の見えなくなるのは、大方その翼《はね》で、日の光をかくしてしまうのでしょう。大きな翼《はね》だ、まことに大《おおき》い翼《つばさ》だ、けれどもそれではない。
十二
日が暮れかかると、あっちに一ならび、こっちに一ならび、横縦になって、梅の樹が飛々《とびとび》に暗くなる。枝々のなかの水田《みずた》の水がどんよりして淀《よど》んでいるのに際立って真白《まっしろ》に見えるのは鷺《さぎ》だった、二羽一ところに、ト三羽一ところに、ト居て、そして一羽が六尺ばかり空へ斜《ななめ》に足から糸のように水を引いて立ってあがったが音がなかった、それでもない。
蛙《かわず》が一斉に鳴きはじめる。森が暗くなって、山が見えなくなった。
宵月《よいづき》の頃だったのに、曇ってたので、星も見えないで、陰々として一面にものの色が灰のようにうるんでいた、蛙がしきりになく。
仰いで高い処に、朱の欄干のついた窓があって、そこが母様《おっかさん》のう
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