み出した、中には白骨でもありそうな、薄気味の悪い古葛籠《ふるつづら》が一折。その中の棚に斜《はす》っかけに乗せてあった経机《きょうづくえ》ではない小机の、脚を抉《えぐ》って満月を透《すか》したはいいが、雲のかかったように虫蝕《むしくい》のあとのある、塗《ぬ》ったか、古びか、真黒な、引出しのないのに目を着けると……
「有った、有った。」
と嬉しそうにつと寄って、両手でがさがさと引き出して、立直って持って出て、縁側を背後《うしろ》に、端然《きちん》と坐った、お君のふっくりした衣紋《えもん》つきの帯の処へ、中腰になって舁据《かきす》えて置直すと、正面を避《さ》けて、お君と互違《たがいちが》いに肩を並べたように、どっかと坐って、
「これだ。これがなかろうもんなら、わざわざ足弱を、暮方《くれがた》にはなるし、雨は降るし、こんな山の中へ連れて来て、申訳のない次第だ。
薄暗くってさっきからちょっと見つからないもんだから、これも見た目の幻《まぼろし》だったのか、と大抵《たいてい》気を揉《も》んだ事じゃない。
お君さん、」
と云って、無言ながら、懐《なつか》しげなその美い、そして恍惚《うっとり》となっている顔を見て、
「その机だ。お君さん、あなたの母様《おっかさん》の記念《かたみ》というのは、……
こういうわけだ。また恐《こわ》がっちゃいけないよ。母様《おっかさん》の事なんだから。
いいかい。
一昨日《おととい》ね。私の両親《ふたおや》の墓は、ついこの右の方の丘《おか》の松蔭《まつかげ》にあるんだが、そこへ参詣《おまいり》をして、墳墓《はか》の土に、薫《かおり》の良《い》い、菫《すみれ》の花が咲いていたから、東京へ持って帰ろうと思って、三本《みもと》ばかり摘《つ》んで、こぼれ松葉と一所に紙入の中へ入れて。それから、父親《おやじ》の居《い》る時分、連立って阿母《おふくろ》の墓参《はかまいり》をすると、いつでも帰りがけには、この仁右衛門の堂へ寄って、世間話、お祖師様《そしさま》の一代記、時によると、軍談講釈、太平記を拾いよみに諳記《そら》でやるくらい話がおもしろい爺様《じいさま》だから、日が暮れるまで坐り込んで、提灯《ちょうちん》を借りて帰ることなんぞあった馴染《なじみ》だから、ここへ寄った。
いいお天気で、からりと日が照っていたから、この間中《あいだじゅう》の湿気払《し
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