には間《ま》があるだろうが、暗くなったもんだから、ここを一番と威《おど》すんだ。悪い梟さ。この森にゃ昔からたくさん居る。良《い》い月夜なんぞに来ると、身体《からだ》が蒼《あお》い後光がさすように薄ぼんやりした態《なり》で、樹の間にむらむら居る。
それをまた、腕白《わんぱく》の強がりが、よく賭博《かけ》なんぞして、わざとここまで来たもんだからね。梟は仔細《しさい》ないが、弱るのはこの額堂にゃ、古《ふるく》から評判の、鬼《おに》、」
「ええ、」
とまた擦寄《すりよ》った。謙造は昔懐《むかしなつか》しさと、お伽話《とぎばなし》でもする気とで、うっかり言ったが、なるほどこれは、と心着いて、急いで言い続けて、
「鬼の額だよ、額が上《あが》っているんだよ。」
「どこにでございます。」
と何《なん》にか押向《おしむ》けられたように顔を向ける。
「何、何でもない、ただ絵なんだけれど、小児《こども》の時は恐かったよ、見ない方がよかろう。はははは、そうか、見ないとなお恐《おそろ》しい、気が済まない、とあとへ残るか、それその額さ。」
と指《ゆびさ》したのは、蜘蛛《くも》の囲《い》の間にかかって、一面|漆《うるし》を塗ったように古い額の、胡粉《ごふん》が白くくっきりと残った、目隈《めぐま》の蒼ずんだ中に、一双虎《いっそうとら》のごとき眼《まなこ》の光、凸《なかだか》に爛々《らんらん》たる、一体の般若《はんにゃ》、被《かずき》の外へ躍出《おどりい》でて、虚空《こくう》へさっと撞木《しゅもく》を楫《かじ》、渦《うずま》いた風に乗って、緋《ひ》の袴《はかま》の狂《くる》いが火焔《ほのお》のように飜《ひるがえ》ったのを、よくも見ないで、
「ああ。」と云うと、ひしと謙造の胸につけた、遠慮《えんりょ》の眉は間《あわい》をおいたが、前髪は衣紋《えもん》について、襟《えり》の雪がほんのり薫《かお》ると、袖に縋った手にばかり、言い知らず力が籠《こも》った。
謙造は、その時はまださまでにも思わずに、
「母様《おっかさん》の記念《かたみ》を見に行くんじゃないか、そんなに弱くっては仕方がない。」
と半ば励《はげ》ます気で云った。
「いいえ、母様《おっかさん》が活《い》きていて下されば、なおこんな時は甘《あま》えますわ。」
と取縋《とりすが》っているだけに、思い切って、おさないものいい。
何となく身
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