さき》に三人|属《つ》いて、浅緑《あさみどり》の衣《きぬ》に同じ裳《も》をした……面《おもて》は、雪の香《か》が沈む……銀《しろがね》の櫛《くし》照々《てらてら》と、両方の鬢《びん》に十二枚の黄金《こがね》の簪《かんざし》、玉の瓔珞《ようらく》はら/\と、お嬢さん。耳鉗《みみわ》、腕釧《うでわ》も細い姿に、抜出《ぬけで》るらしく鏘々《しょうしょう》として……あの、さら/\と歩行《ある》く。
母親が曲※[#「碌のつくり」、第3水準1−84−27]《きょくろく》を立つて、花の中で迎へた処《ところ》で、哥鬱賢は立停《たちど》まつて、而《そ》して……桃の花の重《かさな》つて、影も染《そ》まる緋色の鸚鵡《おうむ》は、お嬢さんの肩から翼、飜然《ひらり》と母親の手に留《と》まる。其を持つて、卓子《テエブル》に帰つて来る間《ま》に、お嬢さんの姿は、※[#「女+必」、第4水準2−5−45]《こしもと》の三《みっ》ツの黒い中に隠れたんです。
鸚鵡は誰にも馴染《なじみ》だわね。
卓子《テエブル》の其処《そこ》へ、花片《はなびら》の翼を両方、燃立《もえた》つやうに。」
と云ふ。声さへ、其の色。暖炉《だんろ》の瓦斯《がす》は颯々《さっさつ》と霜夜《しもよ》に冴《さ》えて、一層|殷紅《いんこう》に、且《か》つ鮮麗《せんれい》なるものであつた。
「影を映した時でした……其の間《ま》に早《は》や用の趣《おもむき》を言ひ聞かされた、髪の長い、日本の若い人の、熟《じっ》と見るのと、瞳《ひとみ》を合せたやうだつたつて……
若い人の、窶《やつ》れ顔に、血の色が颯《さっ》と上《のぼ》つて、――国々島々、方々が、いづれもお分りのないとある、唯《ただ》一句、不思議な、短かい、鸚鵡の声と申すのを、私《わたくし》が先へ申して見ませう……もしや?……
――港で待つよ――
と、恁《こ》う申すのではござりませぬか、と言ひも未《ま》だ果てなかつたに、島の毒蛇《どくじゃ》の呼吸《いき》を消して、椰子《やし》の峰、鰐《わに》の流《ながれ》、蕃蛇剌馬《ばんじゃらあまん》の黄色な月も晴れ渡る、世にも朗《ほがら》かな涼《すず》しい声して、
――港で待つよ――
と、羽《はね》を靡《なび》かして、其の緋鸚鵡《ひおうむ》が、高らかに歌つたんです。
釵《かんざし》の揺《ゆら》ぐ気勢《けはい》は、彼方《あちら》に、お嬢さんの方にして……卓子《テエブル》の其の周囲《まわり》は、却《かえ》つて寂然《ひっそり》となりました。
たゞ、和蘭陀《オランダ》の貴公子の、先刻《さっき》から娘に通はす碧《あい》を湛《たた》へた目の美しさ。
はじめて鸚鵡に見返して、此の言葉よ、此の言葉よ!日本、と真前《まっさき》に云ひましたとさ。」
五
「真個《まったく》、其の言《ことば》に違はないもんですから、主人も、客も、座を正して、其のいはれを聞かうと云つたの。
――港で待つよ――
深夜に、可恐《おそろし》い黄金蛇《こがねへび》の、カラ/\と這《は》ふ時は、[#「、」は底本では「、、」]土蛮《どばん》でさへ、誰も皆耳を塞《ふさ》ぐ……其の時には何《ど》うか知らない……そんな果敢《はかな》い、一生|奴隷《どれい》に買はれた身だのに、一度も泣いた事を見ないと云ふ、日本の其の少《わか》い人は、今|其《そ》の鸚鵡の一言《ひとこと》を聞くか聞かないに、槍《やり》をそばめた手も恥かしい、ばつたり床《ゆか》に、俯向《うつむ》けに倒れて潸々《さめざめ》と泣くんです。
お嬢さんは、伸上《のびあが》るやうに見えたの。
涙を払つて――唯今の鸚鵡《おうむ》の声は、私《わたくし》が日本の地を吹流《ふきなが》されて、恁《こ》うした身に成ります、其の船出の夜中に、歴然《ありあり》と聞きました……十二一重《じゅうにひとえ》に緋の袴《はかま》を召させられた、百人一首と云ふ歌の本においで遊ばす、貴方方《あなたがた》にはお解りあるまい、尊い姫君の絵姿に、面影《おもかげ》の肖《に》させられた御方《おかた》から、お声がかりがありました、其の言葉に違ひありませぬ。いま赫耀《かくやく》とした鳥の翼を見ますると、射《い》らるゝやうに其の緋の袴が目に見えたのでこさります。――と此から話したの――其の時のは、船の女神《おんながみ》さまのお姿だつたんです。
若い人は筑前《ちくぜん》の出生《うまれ》、博多の孫一《まごいち》と云ふ水主《かこ》でね、十九の年、……七年前、福岡藩の米を積んだ、千六百|石《こく》の大船《たいせん》に、乗組《のりくみ》の人数《にんず》、船頭とも二十人、宝暦《ほうれき》午《うま》の年《とし》十月六日に、伊勢丸《いせまる》と云ふ其の新造《しんぞう》の乗初《のりぞめ》です。先《ま》づは滞《とどこお》りなく大阪へ――そ
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