りで、あたりは森閑した、人氣のないのに、何故か心を引かれたらしい。
「あの、あなた。」
 かうした場所だ、對手は弘法樣の化身かも知れないのに、馴々しいことをいふ。
「お一人でございますか。」
「おゝ、留守番の隱居爺ぢや。」
「唯たお一人。」
「さればの。」
「お寂しいでせうね、こんな處にお一人きり。」
「いや、お堂裏へは、近い頃まで猿どもが出て來ました、それはもう見えぬがの、日和さへよければ、此の背戸へ山鳥が二羽づゝで遊びに來ますで、それも友になる、それ。」
 目金がのんどりと、日に半面に庭の方へ傾いて、
「巖の根の木瓜の中に、今もの、來て居ますわ。これぢや寂しいとは思ひませぬぢや。」
「はア。」
 と息とゝもに娘分は胸を引いた、で、何だか考へるやうな顏をしたが、「山鳥がお友だち、洒落てるわねえ。」と下向の橋を渡りながら言つた、――「洒落てるわねえ」では困る、罪障の深い女性は、こゝに至つてもこれを聞いても尼にもならない。
 どころでない、宿へ皈ると、晩餉の卓子臺もやひ、一銚子の相伴、二つ三つで、赤くなつて、あゝ紅木瓜になつた、と頬邊を壓へながら、山鳥の旦那樣はいゝ男か知ら。いや、尼處か
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