なって、果《はて》は涙になるばかり、念被観音力《ねんぴかんのんりき》観音の柳の露より身にしみじみと、里見は取られた手が震えた。
後《うしろ》にも前にも左右にもすくすくと人の影。
「あッ。」とばかり戦《わなな》いて、取去ろうとすると、自若《じじゃく》として、
「今では誰が見ても可《い》いんです、お心が直りましたら、さあ、将棊をはじめましょう。」
静《しずか》に放すと、取られていた手がげっそり痩《や》せて、着た服が広くなって、胸もぶわぶわと皺《しわ》が見えるに、屹《きっ》と目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る肩に垂れて、渦《うずま》いて、不思議や、己《おの》が身は白髪になった、時に燦然《さんぜん》として身の内の宝玉は、四辺《あたり》を照《てら》して、星のごとく輝いたのである。
驚いて白髪《しらが》を握ると、耳が暖く、襖《ふすま》が明いて、里見夫人、莞爾《にっこり》して覗込《のぞきこ》んで、
「もう可《い》いんですよ。立花さん。」
操は二人とも守り得た。彫刻師はその夜の中《うち》に、人知れず、暗《やみ》ながら、心の光に縁側を忍んで、裏の垣根を越して、庭を出るその後姿を、立花がやがて物語った現《うつつ》の境の幻の道を行《ゆ》くがごとくに感じて、夫人は粛然として見送りながら、遥《はるか》に美術家の前程を祝した、誰も知らない。
ただ夫人は一夜《ひとよ》の内に、太《いた》く面《おも》やつれがしたけれども、翌日《あくるひ》、伊勢を去る時、揉合《もみあ》う旅籠屋《はたごや》の客にも、陸続たる道中にも、汽車にも、かばかりの美女はなかったのである。
[#地から1字上げ]明治三十六(一九〇三)年五月
底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年10月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第七卷」岩波書店
1942(昭和17)年7月22日発行
※誤植が疑われる箇所を、底本の親本を参照してあらためました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年1月30日作成
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