は呼吸《いき》ぜわしい。
「どうしたんです、何を買っていらしったんです。吃驚《びっくり》するほど長かった。」
打見《うちみ》に何の仔細《しさい》はなきが、物怖《ものおじ》したらしい叔母の状《さま》を、たかだか例の毛虫だろう、と笑いながら言う顔を、情《なさけ》らしく熟《じっ》と見て、
「まあ、呑気《のんき》らしい、早附木《マッチ》を取って上げたんじゃありませんか。」
はじめて、ほッとした様子。
「頂戴! いつかの靴以来です。こうは叔母さんでなくッちゃ出来ない事です。僕もそうだろうと思ったんです。」
「そうだろうじゃありませんわ。」
「じゃ、早附木ではないんですか。」
三
「いいえ、銑さんが煙草《たばこ》を出すと、早附木《マッチ》がないから、打棄《うっちゃ》っておくと、またいつものように、煙草には思い遣《や》りがない、監督のようだなんて云うだろうと思って、気を利かして、ちょうど、あの店で、」
と身を横に、踵《かかと》を浮かして、恐《こわ》いもののように振返って、
「見附かったからね、黙って買って上げようと思って入ったんですがね、お庇《かげ》で大変な思いをしたんですよ。ああ、恐かった。」
とそのままには足も進まず、がッかりしたような風情である。
「何が、叔母さん。この日中《ひなか》に何が恐いんです。大方また毛虫でしょう、大丈夫、毛虫は追駈《おっか》けては来ませんから。」
「毛虫どころじゃアありません。」
と浦子は後《うしろ》見らるる状《さま》。声も低う、
「銑さん、よっぽどの間だったでしょう。」
「ざッと一時間……」
半分は懸直《かけね》だったのに、夫人はかえってさもありそうに、
「そうでしたかねえ、私はもっとかと思ったくらい。いつ、店を出られるだろう、と心細いッたらなかったよ。」
「なぜ、どうしたんですね、一体。」
「まあ、そろそろ歩行《ある》きましょう。何だか気草臥《きくたび》れでもしたようで、頭も脚もふらふらします。」
歩を移すのに引添うて、身体《からだ》で庇《かば》うがごとくにしつつ、
「ほんとに驚いたんですか。そういえば、顔の色もよくないようですよ。」
「そうでしょう、悚然《ぞっ》として、未《いま》だに寒気がしますもの。」
と肩を窄《すぼ》めて俯向《うつむ》いた、海水帽も前下り、頸《うなじ》白く悄《しお》れて連立つ。
少年は顔
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