がら、またおもむろに花を択《え》り分け初めた。擦《す》りあかめたまぶちに、厳しく拘攣《こうれん》する唇、またしても濃い睫毛の下よりこぼれでる涙の雫《しずく》は流れよどみて日にきらめいた。こうしてしばらく時刻を移していたが、その間少女は、かわいそうに、みじろぎをもせず、ただおりおり手で涙を拭いながら、聞きすましてのみいた、ひたすら聞きすましてのみいた……フとまたガサガサと物音がした、――少女はブルブルと震えた。物音は罷《や》まぬのみか、しだいに高まッて、近づいて、ついに思いきッた濶歩《かっぽ》の音になると――少女は起きなおッた。何となく心おくれのした気色。ヒタと視詰めた眼ざしにおどおどしたところもあッた、心の焦られて堪えかねた気味も見えた。しげみを漏れて男の姿がチラリ。少女はそなたを注視して、にわかにハッと顔を赧《あか》らめて、我も仕合《しあわせ》とおもい顔にニッコリ笑ッて、起ち上ろうとして、フトまた萎れて、蒼ざめて、どきまぎして、――先の男が傍に来て立ち留ってから、ようやくおずおず頭を擡《もた》げて、念ずるようにその顔を視詰めた。
 自分はなお物蔭に潜《ひそ》みながら、怪しと思う心にほだされて、その男の顔をツクヅク眺めたが、あからさまにいえば、あまり気には入らなかった。
 これはどう見ても弱冠の素封家の、あまやかされすぎた、給事らしい男であった。衣服を見ればことさらに風流をめかしているうちにも、またどことなくしどけないのを飾る気味もあッて、主人の着故《きふ》るしめく、茶の短い外套《がいとう》をはおり、はしばしを連翹色《れんぎょういろ》に染めた、薔薇色《ばらいろ》の頸巻をまいて、金モールの抹額《もこう》をつけた黒帽を眉深《まぶか》にかぶッていた。白襯衣《シャツ》の角のない襟は用捨もなく押しつけるように耳朶を※[#「拱」の「共」に代えて「掌」]《ささ》えて、また両頬を擦り、糊《のり》で固めた腕飾りはまったく手頸をかくして、赤い先の曲ッた指、Turquoise(宝石の一種)製のMyosotis(草の名)を飾りにつけた金銀の指環を幾個ともなくはめていた指にまで至ッた。世には一種の面貌がある、自分の観察したところでは、つねに男子の気にもとる代り、不幸にも女子の気に適《かな》う面貌があるが、この男のかおつきはまったくその一ツで、桃色で、清らかで、そしてきわめて傲慢《ごうまん》そ
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