いで、そしてもったいをつけて物思わしそうに空を視あげながら、その花束を指頭でまわしはじめた。「アクーリナ」は「ヴィクトル」の顔をジッと視詰めた……その愁然《しゅうぜん》とした眼つきのうちになさけを含め、やさしい誠心《まごころ》を込め、吾仏とあおぎ敬う気ざしを現わしていた。男の気をかねていれば、あえて泣顔は見せなかったが、その代り名残り惜しそうにひたすらその顔をのみ眺めていた。それに「ヴィクトル」といえば史丹のごとくに臥《ね》そべッて、グッと大負けに負けて、人柄を崩して、いやながらしばらく「アクーリナ」の本尊になって、その礼拝祈念を受けつかわしておった。その顔を、あから顔を見れば、ことさらに作ッた偃蹇恣雎《えんけんしき》、無頓着な色を帯びていたうちにも、どこともなく得々としたところが見透かされて、憎かった。そして顧みて「アクーリナ」を視れば、魂が止め度なく身をうかれでて、男の方へのみ引かされて、甘えきっているようで――アアよかッた! しばらくして「ヴィクトル」は、……「ヴィクトル」は花束を草の上に取り落してしまい、青銅の框《わく》を嵌《は》めた眼鏡を外套の隠袋《かくし》から取りだして、眼へ宛《あて》がおうとしてみた、がいくら眉を皺《しか》め、頬を捻じ上げ、鼻まで仰《あ》お向かせて眼鏡を支えようとしてみても、――どうしても外れて手の中へのみ落ちた。
「なにそれは?」と「アクーリナ」がケゲンな顔をして尋ねた。
「眼鏡」と「ヴィクトル」は傲然《ごうぜん》として答えた。
「それをかけるとどうかなるの?」
「よく見えるのよ」。
「チョイと拝見な」。
「ヴィクトル」は顔をしかめたが、それでも眼鏡は渡した。
「こわしちゃいけんぜ」。
「だいじょうぶですよ」トこわごわ眼鏡を眼のそばへ持ってきて「オヤ何にも見えないよ」トあどけなくいッた。
「そ、そんな……眼を細くしなくッちゃいかない、眼を」トさながら不機嫌な教師のような声で叱ッた。「アクーリナ」は眼鏡を宛《あ》てがッていた方の眼を細めた。「チョッ、まぬけめ、そッちの眼じゃない、こッちの眼だ」トまた大声で叱ッて、仕替える間もあらせず、「アクーリナ」の持ッていた眼鏡をひッたくッてしまッた。
「アクーリナ」は顔を赤くして、気まりわるそうに笑ッて、よそをむいて、
「どうでも私たちの持つもんじゃないとみえる」。
「知れたことサ」。
 かわいそう
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