なく懷しい人柄に感じさせた。が、その表情、その物ごしには何處かに物寂しい影が差してゐるやうに思はれるのであつた。
「ガスボデイン。名前だよ。君のネエムだよ……」と、醉ひどれ男は熟柿のやうな顏を振り立てながら、ひつつこく話し掛けた。が、老人はその顏を見詰めて、詞もなく微笑するばかりだつた。
「ちえつ、分らねえんだな……」と、男は卑しい身振を示して、舌打ちした。
「何だか、ロシヤ人らしいぢやないか……」と、私はKを顧みて囁いた。
「さうらしいね……」と、Kも頷いた。
「君、君。どうしたんだい、あの西洋人は?」と、やがてKは果物を運んで來た給仕女に、小聲に訊ねた。
「あの人、ロシヤ人なのよ。もう二三度入らしたけど、英語も日本語もまるつきりお分りにならないんでせう。御註文の時ずゐ分困るわ……」給仕女は輕く眉根を寄せて答へた。
「やつぱりさうだ……」と、Kは私を振り返つた。私は頷いて、直ぐ給仕女に云つた。
「ねえ君。あすこにゐる人に名前のことはイイミヤつて云ふんだつて教へて上げ給へ……」ロシヤ人と聞くと急にそそり立てられた小さな好奇心が、私に生覺えのロシヤ語を吐き出させた。
「イイミヤ……」給仕女は赤い唇をつぼめて聞き返した。そして、私達の側を離れて行つた。
「おい、確かい。生兵法何とかだぜ……」Kは私を見てにやりと笑つた。
「うん、さうさう。イイミヤ、さうだ、イイミヤだ……」と、同時に醉ひどれ男は遠くから私の方にちらつと視線を投げ掛けて、聲高く口走つた。
「イイミヤ。ダア、ダア……」何か自分の理解の出來る音の響を心待ちに待つてゐたらしい老人は、その詞を聞きつけると顏中を小皺に笑ひ崩して、快活に頷いた。そして、胸のポケツトから金の飾鉛筆を取り出すと、給仕女の差し出した紙片に何かを認めた。
「分らねえ、こいつあロシヤ字だ……」紙上の文字を見詰めてゐた男は失望の色を見せて叫んだ。「おい、そつちの若いガスボデイン。こいつを一つ讀んでくれ給へ。」
「さあ、讀めますかどうか……」突然私の方を振り向いて呶鳴つた男に答へて、私はかう云つた。――給仕女が紙片を持つて來た。が、鉛筆の色薄く書かれた文字は老人らしく佶屈な、分りにくい文字だつた。
「コオリン、コオリンぢやありませんか……」と、私は男に向つて聲高く云つた。
「ハラシヨオ。コオリン、アレキサンドロヰツチ。コオリン……」と、その時老人は
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