ゐたカフエ・プランタンがそれらしい。勿論《もちろん》、個個《ここ》に遊《あそ》び樂《たの》しんでゐた人達《ひとたち》は外《ほか》にもあつたらうが、少《すくな》くとも麻雀戲《マアジヤンぎ》の名《な》を世間的《せけんてき》に知《し》らせたのはどうもあすこだつたやうに思《おも》はれる。その意味《いみ》で、狹《せま》い路次《ろじ》の奧《おく》にあつた、木造《もくざう》の、あのささやかな洋館《やうくわん》は日本麻雀道《にほんマアジヤンだう》のためには記念保存物《きねんほぞんぶつ》たる價値《かち》を持《も》つてゐるかも知《し》れない。
「どうも今《いま》考《かんが》へると、をかしなことをやつてゐたもんだよ。」
と、佐佐木茂索《ささきもさく》は或《あ》る時《とき》僕《ぼく》に彼《かれ》らしい靜《しづ》かな笑《わら》ひを洩《も》らしながら語《かた》るのだつた。
何《なん》でも市川猿之助《いちかはゑんのすけ》と平岡《ひらをか》權《ごん》八|郎《らう》が洋行歸《やうかうがへ》りに上海《シヤンハイ》で麻雀牌《マアジヤンパイ》を買《か》ひうろ覺《おぼ》えにその技法《ぎはう》を傳《つた》へたのださうだが、集《あつま》るものは外《ほか》に松山《まつやま》省《しやう》三、佐佐木茂索《ささきもさく》、廣津和郎《ひろつかずを》、片岡鐵兵《かたをかてつへい》、松井潤子《まつゐじゆんこ》、後《のち》に林茂光《りんもくわう》、川崎備寛《かはさきびくわん》、長尾克《ながをこく》などの面面《めんめん》で、一|筒《とう》二|筒《とう》を一|丸《まる》二|丸《まる》、一|索《さう》二|索《さう》を一|竹《たけ》二|竹《たけ》といふ風《ふう》に呼《よ》び、三元牌《サンウエンパイ》を※[#「石+(朔のへん−屮)/(墟のつくり−虍)、第3水準1−89−8]《ポン》されたあと殘《のこ》りの一|枚《まい》を捨《す》てると、それが槓《カン》になり、その所有者《しよいうしや》に嶺上開花《リンシヤンカイホオ》の機會《きくわい》を與《あた》へるので捨《す》てられなくなるといふ風《ふう》な妙《めう》なルウルもあり、何《なに》しろ近頃《ちかごろ》のやうに明確《めいかく》な標準規約《へうじゆんきやく》もなく、第《だい》一|傳《つた》へる人《ひと》がうろ覺《おぼ》えの怪《あや》しい指導振《しだうぶり》なのだから、ずゐぶんをかしな戰《たゝか》ひを交《まじ》へてゐたものらしい。
「林茂光《りんもくわう》がくるやうになつてから、だいぶすべてが調《とゝの》つて來《き》たが、僕《ぼく》はその時分《じぶん》から大概《たいがい》負《ま》けなかつたよ。」
と、これも佐佐木茂索《ささきもさく》の自慢話《じまんばなし》だ。
その頃《ころ》、それが賭博《とばく》との疑《うたが》ひを受《う》けて、或《あ》る晩《ばん》一|同《どう》がその筋《すぢ》から取《と》り調《しら》べを受《う》けるやうな事件《じけん》が持《も》ち上《あが》つたが、取《と》り調《しら》べる側《がは》がその技法《ぎはふ》を知《し》らないので誰《だれ》かが滔滔《たうたう》と講釋《かうしやく》をはじめ、係官《かゝりくわん》を烟《けむり》に卷《ま》いたといふ一|插話《さふわ》もある。勿論《もちろん》、何《なん》の事《こと》もなく疑《うたが》ひだけで濟《す》んだのだが、一|夜《や》を思《おも》はぬ所《ところ》で明《あ》かしてしまつた誰彼《たれかれ》、あまり寢覺《ねざ》めがよかつた筈《はず》も無《な》いが、何《なん》でも物事《ものごと》の先驅者《せんくしや》の受難《じゆなん》の一卷《ひとまき》とすれば、近頃《ちかごろ》の仕合《しあは》せな新《あたら》しい麻雀《マアジヤン》好きの面面《めんめん》はすべからくそれ等《ら》の諸賢《しよけん》に敬意《けいい》を捧《さゝ》げて然《しか》るべきかも知《し》れない。
6
日本《にほん》の文藝的作品《ぶんげいてきさくひん》に麻雀《マアジヤン》のことが書《か》かれたのは恐《おそ》らく夏目漱石《なつめさうせき》の「滿韓《まんかん》ところどころ」の一|節《せつ》が初《はじ》めてかも知《し》れない。無論《むろん》、讀書人《どくしよじん》夏目漱石《なつめさうせき》は勝負事《しようぶごと》には感興《かんきよう》を持《も》つてゐなかつたのであらうが、それは麻雀競技《マアジヤンきやうぎ》の甚《はなは》だ漠然《ばくぜん》とした、斷片的《だんぺんてき》な印象《いんしよう》を數行《すうぎやう》綴《つゞ》つたのに過《す》ぎない。が、近代日本《きんだいにほん》のこの優《すぐ》れた文人《ぶんじん》の筆《ふで》に初《はじ》めて麻雀《マアジヤン》のことが書《か》かれたといふのは不思議《ふしぎ》な因縁《いんねん》とも言《い》ふべきで、カフエ・
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