れても骨と皮ばかりになつた私の手に、本の重味を支へる力の無い事は明かだつた。で、私は白い天井の蜘蛛の[#「蜘蛛の」は底本では「踟蛛」]巣を見詰めたり、電氣の球に群る三四匹の蠅の動作を眺めたりしては樂しんでゐたのだつた。
 首や手が自分で動かせるやうになつた時、私は見舞にくる母に外國の繪葉書を買つて來て貰つて眺めたり、武井さんに頼んで草花の鉢や切り花などを病院の近くの草花屋から買つて來て貰つた。そして、寢臺の側の臺の上や、窓敷居にパンジイや、フリイジヤや、釣鐘草や、撫子や、マガレツトの花などの順順に變つて行くのを、やつと首だけ動かしながら見て樂しんだ。また暫くして醫師に許されてから、宵の内など武井さんに「豐臣榮華物語」と云ふ講談を讀んで聞かせて貰つた。頭が疲れてゐるので自分で讀む事や、それ以上の感激の深い物は許されないのだつた。その中で淀君と三成の情交を述べた處、または御殿女中の亂行の件に來たりすると、私の入院日數の七十餘日の間一日も休まずに附き添つてゐてくれたその若い武井さんは、聲をひそめたり、飛ばして讀んだりした。眼を塞いで聞き入りながら、私は何時の間にかよく寢込んでしまふのだつた。
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