附に不快な壓迫を感じた。その倦怠と不快な壓迫を遁れようとして盛に働いたみんなの惡戲性は、やがて疲れて來た。先生をからかつて苛立《いらだ》たせて得られる意地惡な面白味は、漸く薄れて行つた。そしてもつと現實的な飽き足りなさが、先生に對して感じられて來た。
「あんな先生に教はるのは損だ。」と、或る時首藤が云つた。「文法の一句が説明しきれないなんて、そんな馬鹿馬鹿しい教師があるもんか。」
「よつぽど頭が惡いな。」
「惡いとも、もう好い加減腦味噌が腐つちやつてらあ。」と、松川が云つた。
「然し、國語だつてしつかりやつとかなきやあ後悔するぜ。何處の入學試驗にだつて國語はあるからな。」と、一人が云つた。
「さうさ、馬鹿に出來るもんか。」と、級長の谷が云ひながら、足下の小石を蹴飛ばした。
「一體學問だつて、三年の時の大石さんの方がずつとあつたぜ。」と、また首藤が云つた。彼は先生の無學さを一番失望してゐた。
「あつたとも、まだあの人の方がましだつた。」
「だがね、學問があつたつてなくつたつて、あんな態度で教へられちやあ、不愉快で堪らないぢやないか。」と、私は反抗的な氣持で云つた。
「排斥しちやへ……」と、突然武井が叫んだ。行き着く處をそれとなく豫想してゐたみんなは、はつと思つて武井を振り返つた。そして何云ふとなく口を噤《つぐ》んでしまつた。
 みんなの心の底を割つてみれば、先生に對して不滿や反感があつたにしても、流石《さすが》に排斥と云つたやうな強い詞を出すのは何となく憚《はばか》られた。殊にみんなは先生の人の好さ眞正直さを十分認めてゐた。認めてゐるだけに、今まで自分達が先生に對して取つて來た態度が、幾らかうしろめたい心持で省《かへりみ》られた。何故ならば、自分達の團結力を頼みにして、故意に先生の神經を苛立たせ、無理に先生の講義を分らない物にしてしまふやうな意地惡さがなかつたとは云へないから……、そしてもう少し柔かく靜かに迎へたならば、先生の氣持をあれ程までに擾亂《ぜうらん》させなかつたに違ひないから……。然し、各自は密《ひそ》かにさう思つてゐたにしても、クラス全體に行き亘《わた》つてゐる群衆心理はそれを容易《たやす》く征服した。そして或る一點へ進まうとする根強い力が既に兆《きざ》してゐるのをみんなは意識してゐた。その力に反抗する事はこの場合不可能であり、またそれを一人で裏切る事が何
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