強い喘息發作、アストオル吸入で鎭まるには鎭まつたが何やら不安なのでエフエドリン一錠半服用、例の陶醉的作用でやがて再び昏昏と眠り入る。十二時近く起床。幸ひ發作はすつかり止まつてゐたが、劇藥的な錠劑服用のあとで頭重く、體だるく、氣分がひどく陰欝だが、さういふ状態を人には出來るだけ平然と裝つてゐたいのが變に意地つ張りな自分の癖だから、それか自らには一そう内訌する。こいつが晝には全くやりきれない。生きる事の辛さを感じる。
三時頃、散髮でもしようと思ひ立つて家を出る。電車通で息子さんを連れた大宮春枝夫人に會ふ。息子の勉強の事で今お宅へ御相談に行く所だといふ。家へ戻らうといふと、それには及ばぬといふので、立話で用件を聞いて六本木の散髮屋の方へと別れる。別れてから、やつぱり自分は少少不機嫌なのだなとすぐ思ふ。いつもの自分ならあれほど息子さんのために心を碎いてゐる春枝夫人のために進んで家へ戻つたに違ひなかつたから。然し、今や二十餘年お馴染みの散髮屋でクシヤクシヤした頭をいじつてもらひ、お互に口數は少い方だがポツポツ氣樂な世間話を交へてゐる内に、何となくふさぎの蟲の飛び散つて行くの感じた。そして、頭を洗つてサツパリして理髮屋を出ると、近所の古本屋二軒で暫く隙を潰した。一軒ではエラリイ・クイインの「エヂプト十字架の祕密」と「ロオマ劇場事件」と「支那オレンヂの祕密」の邦譯三册を、一軒ではアガサ・クリスチイの「ハゼルムウアの殺人事件」とカアメン・エデイングトンの「撮影所殺人事件」の二原書を買ひ求めた。
夜食後、ストラヴンスキイの「火の鳥」を聽く。ストラヴンスキイ自身の指揮したものだが、これは新しく買つた内で一番出色のレコオドだ。「火の鳥」といふと、亡き小山内薫先生の事を思ひ浮べる。先生はこの舞踊曲を向うで聽かれ、その素晴さを話された事がある。そして、そのレコオドも買ひ歸られ、一度聽かして戴く約束をしながら、どういふ譯か自分はとうとうその折を持たなかつた。ニジンスキイの踊にもこれがあるが、先生は何しろこの音樂が非常にお好きだつたらしい。十時過ぎ「エジプト十字架の祕密」を讀みながら、體工合の不安な感じで早寢した。
木曜日――。
九時前起床。明方の發作今日も少し重くエフエドリンを服用したが、この四五日にない秋晴れの穩かな日で割に氣分がいい。間もなく煙草專賣局の本所工場觀覽招待に同行を約
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