えないやうですよ。」と、Kさんは丘の端に立ちながら、私の方を振り返つて云つた。私は彼に近づいて行つた。そして崖の上の草の茂みに腰を降して、煙草を吸つた。
午後の海は靜かに輝いてゐた。遠くの水平線は灰色の靄に隱されて、海と空との間に、陸奧の山々が幽かに浮んで見えた。そして寂しい海の上には往き來する小舟の影もなかつた。ただきらきらと潮流に乘つて動いて行く浪のうねりが限りなく續いてゐる。私はぢつと瞳を定めて、その跡を見守つてゐた。
「さうだ、死が來なければ人は眞の安穩《やすらぎ》を得ることは出來ないのだ。」私はさう心の中に呟きながら、Kさんの後から坂道を降りて行つた。
[#地より2字上げ](五年十月・處女作)
底本:「新進作家叢書22 修道院の秋」新潮社
1918(大正7)年9月6日初版発行
1922(大正11)年8月15日13版
初出:「三田文學」
1916(大正5)年11月号
入力:小林 徹
校正:林 幸雄
2002年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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