を作つて、入り亂れた家家が流れるやうに大野の平地の方へ擴がつてゐる地形の面白さが私の眼を惹いた。處處に寺院の屋根や洋館の塔などが際立つて聳えてゐる。
「あの森の蔭が五稜廓だね……」と、船員に訊ねてゐる爺さんがゐた。少し白髮混りの頤鬚をしごきながら、何か云つては時時聲高く笑ふ。面白い、人の好ささうな爺さんである。私も思はず釣り込まれて、譯もなく笑つたりした。
「好い凪ぎだな。」と、彼は獨言のやうに云つて、微笑しながら海を見廻した。
私はまた煙草に火を點《つ》けて、甲板の片隅の蓙の上に腰を降した。冷たい潮風が絶えず頬を流れて、紫色の煙草の烟をすいすいと消して行つた。
「修道院へお出でですか。」と、突然私に話し掛けた人があつた。
「さうです。」と、私は立ち上つて、彼の方を振り向きながら答へた。
「お初めてですか。」と、彼はまた云つた。背廣の輕裝に薄色の鳥打を被つて、甲板の手摺にそつと身を凭せてゐる。
「ええ……あなたもいらつしやるんですか。」と、私は聞き返した。彼は親し氣な微笑を浮べた。
「札幌から鳥渡商用で函館《こちら》へ參つたんですが、丁度今日は日曜で一日隙が出來ましたし、トラピストといふ人達も識りたいと思ひまして……」と、彼は私をぢつとみつめながら、詞《ことば》を途切つて、
「あなたはどちらから……」と、云ふ。三十四五の、何處か事業家とでも云つた顏立で、その態度の慇懃な内にも、何となく若若しい心の覇氣が感じられる。
「この夏北海道を旅行しまして、丁度、歸りがけなんです。」
「ははあ御旅行ですか、それは結構ですな。やつぱり東京の方から……」
「さうです。」
「何しろ好いお仲間が出來ました。Kと申します。何分よろしく……」と、彼は快活な聲で氣輕さうに云つた。そして幾度か燐寸《マツチ》を擦り消しながら、やつと煙草に火を點《つ》けると、歩調をとるやうにして狹い甲板を往き來した。私はそのまま詞を途切つて海を眺めてゐた。背後《うしろ》の蓙の上で絶え間なく笑ひを交へながら何か話し合つてゐる船客達の聲が、蜂の唸りのやうに耳を掠めて行つた。
殉教者の惱み――私は想像の中にトラピストの人達の生活を描いてみた。そしてそれは私が彼等に對して全くの Stranger であると云ふ點から、今其處に近づかうとしてゐる私の心持を色色な意味に不安ならしめた。と同時に、何か不思議なものに觸れると云
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