さ。と言ふのは、一昨日ちやアんと牛乳を買ひに來なすつたあのお年寄が昨日も來なさらねエし、今日もまだなんだよ。何しろ奧さんの怪我はまだ治らねエ筈だから、家中でストックホルムへ行きなさる譯アなしね。」
「そ、さうだとも‥‥」
不安な樣子でカアルソンは相槌打つた。
ゼッテルベルグ老人はもと株式仲買人で、今は財産の利息で暮してゐる氣樂な體だつたが、その收入が幾分減つたので、寒くて不自由でも少し暮しを詰めようといふ譯で、今年の冬はストックホルムからわざわざ寒氣の嚴しい島の別莊へ移り込んだ。ところが、つい一月ほど前、夫婦でスケイト遊びの最中に細君は過つて薄氷の割れ目に落ち込み、幸ひ老人の手に救ひ上げられたが、その時足をひどく挫いたのだつた。
とにかく中を調べようといふ事になつて、間もなく二人の農夫はまた別莊の方へ歩いて行つた。と、臺所の窓には相變らずぽつと明りが差して、白い洗濯物が突風に吹かれて暗い夜空に搖れ動くのが如何にも薄氣味惡かつた。別莊は灰色の可成り大きな建物だが、階下はすつかり締めきつて、階上の四部屋だけが老人夫婦に使はれてゐるのだつた。
「さア、どうしたら中へはいれるかね?」
さうロフベルグが尋ねかけると、カアルソンは暫く首をひねつてゐたが、
「さうさう、たしか庭に梯子があつたよ。そいつであの臺所の窓からはいつたら?」
やがて梯子を掛けると、カアルソンはすぐそれを昇り出したが、忽ちぎよつとした樣子で足を止めた。別莊の中から恐怖の叫びに似たやうな凄まじい唸聲が不意に聞えて來たのだ。カアルソンは梯子を握り締めながら、
「な、何だらう、ありや‥‥」
と、聲顫はせて囁いた。
「猫だ、ゼッテルベルグさんの猫の聲だ。」
と、ロフベルグは落ち着いて答へながら、
「だけど、何か厭やなことでもないと、あアいふ凄い唸聲は立てねエもんだぞ。」
びくびくものでまた梯子を昇り出したが、やがて顏が一番低い窓硝子の所へくると、カアルソンはぼやつと明るい臺所の中を覗き込んだ。可成りな廣さ、弱い光は向ふ隅の料理竈の上にさがつたたつた一つの電球から來てゐる。暫くしてもう一段昇ると、窓硝子に顏をくつつけてぢつと中を眺めつづけてゐたが、突然ぎくりと動いた兩足が段をはづれたかと思ふと、カアルソンは手袋をはめた兩手で梯子の兩脇を掴んだままずる/″\と滑り落ちて地面へぐしやつと潰れたやうになつ
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