つてるのよ。お願《ねが》ひですから、子供《こども》にだけは、子供《こども》にだけはみじめな思《おも》ひをさせないやうにね」
「分《わか》つた、分《わか》つた」
 不意《ふい》にうるんだ妻《つま》の瞳《ひとみ》を刹那《せつな》に意識《いしき》しながら、夫《をつと》はわざと投《な》げつけるやうに言《い》つた。何《なに》か重《おも》いものが胸《むね》に來《き》た。そして、夫《をつと》は壁掛《かべかけ》を手《て》に取《と》ると、急《いそ》ぎ足《あし》にアトリエの方《はう》へ立《た》つて行《い》つた。

     2

 二三|日《にち》經《た》つた或《あ》る晴《は》れた日《ひ》の午後《ごご》だつた。朝《あさ》の半日《はんにち》をアトリエに籠《こも》つた夫《をつと》は庭《には》で二人《ふたり》の子供《こども》と快活《くわいくわつ》な笑聲《わらひごゑ》を立《た》ててゐた[#句点が抜けていると考えられる]長女《ちやうぢよ》の夏繪《なつゑ》と四つになる長男《ちやうなん》の敏樹《としき》と、子供《こども》好《ず》きの夫《をつと》は氣持《きもち》よく仕事《しごと》が運《はこ》んだあとでひどく上機嫌《じやうきげん》だつた。
「さあ、夏繪《なつゑ》。今度《こんど》はうまく受《う》け取《と》るんだぞ。そら、ワン、ツウ、スリイ‥‥」
 と、夫《をつと》は四五|間《けん》向《むか》うに立《た》つてゐる子供《こども》の方《はう》へ色《いろ》どりしたゴム鞠《まり》を投《な》げた。が、夏繪《なつゑ》は息込《いきご》んでゐたのがまたも受《う》け取《と》りそこねて、鞠《まり》は色彩《しきさい》を躍《をど》らしながらうしろの樹蔭《こかげ》へころがつて行《い》つた。
「駄目《だめ》よ、パパア。そんなにひどくはふつちやア‥‥」
 と、夏繪《なつゑ》は紺《こん》のスカアトを翻《ひるがへ》しながら鞠《まり》を追《お》つた。
「そオら、今度《こんど》は敏樹《としき》はふつて御覧《ごらん》‥‥」
「うん‥‥」
 と受《う》け答《こた》へて、茶色《ちやいろ》のスエエタアを着《き》た、まるまる肥《ふと》つた體《からだ》をよちよちさせながら、敏樹《としき》は別《べつ》の小《ちひ》さな鞠《まり》を投《な》げた。が、見當《けんたう》はづれて、それは夫《をつと》の横《よこ》へそれてしまつた。
「やアい、パパだつて下手《へた》だわ」
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