で囁《ささや》いた。
 穴《あな》はもう殆《ほとん》ど蜂《はち》の體《からだ》のすべてを隱《かく》すやうな深《ふか》さになつてゐた。が、蜂《はち》はまだその劇《はげ》しい勞働《らうどう》を休《やす》めなかつた。そして、その間《あひだ》にも絶《た》えず三|人《にん》の樣子《やうす》を警戒《けいかい》し、なほも二三|度《ど》蜘蛛《くも》の死骸《しがい》の存在《そんざい》をたしかめに行《い》つた。
(本能《ほんのう》、これがただ本能《ほんのう》だけで出來《でき》ることか知《し》ら?)
 その眞劍《しんけん》さに打《う》たれて、夫《をつと》はそんな事《こと》を考《かんが》へつづけながら、ぢつと瞳《ひとみ》を凝《こ》らしてゐた。
 體《からだ》が穴《あな》の中《なか》にすつかり見《み》えなくなるほどの深《ふか》さになると、蜂《はち》はやがてほつとしたやうにそとへ出《で》て來《き》た。そして、なほも警戒《けいかい》するやうに念《ねん》を入《い》れるやうに穴《あな》のまはりを歩《ある》きまはつてゐたが、やがてひよいと飛《と》び上《あが》ると、蜘蛛《くも》の死骸《しがい》をくはへて再《ふたた》び穴《あな》の所《ところ》へ舞《ま》ひもどつて來《き》た。
「まア、あの蜘蛛《くも》どうしたの? 死《し》んぢやつてるのね?」
「うん、蜂《はち》に殺《ころ》されたんだよ。そして、あれが蜂《はち》の子供《こども》の御飯《ごはん》になるんだよ」
「御飯《ごはん》に?」
「うん、だから見《み》てて御覽《ごらん》。今《いま》にあの穴《あな》の中《なか》へちやんとおしまひするから‥‥」
「蜘蛛《くも》なんておいしくないね、パパ‥‥」
 敏樹《としき》が上《うは》ずつた聲《こゑ》を挾《はさ》んだ。
「でも、蜂《はち》の子供《こども》には御馳走《ごちさう》なんだよ」
 穴《あな》の二三|寸《ずん》手前《てまへ》に降《お》りた蜂《はち》は、やがて頭《あたま》と前脚《まへあし》で蜘蛛《くも》の死骸《しがい》を穴《あな》の深《ふか》みへ押《お》して行《い》つた。そして、それを押《お》し入《い》れきつてしまふと、蜂《はち》は今度《こんど》は逆《ぎやく》にあとずさりしながら、自分《じぶん》の尻《しり》の方《はう》を穴《あな》の中《なか》へ差《さ》し込《こ》んだ。と同時《どうじ》に、穴《あな》のそとに出《で》た頭《あ
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