畫家とセリセリス
南部修太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)癖《くせ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)十|日《か》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)※《うそ》[#「※」は、「嘘」の「くちへん」が「ごんべん」、第4水準2−88−74、87−6]
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それが癖《くせ》のいつものふとした出來心《できごころ》で、銀座《ぎんざ》の散歩《さんぽ》の道《みち》すがら、畫家《ぐわか》の夫《をつと》はペルシア更紗《さらさ》の壁掛《かべかけ》を買《か》つて來《き》た。が、家《うち》の門《もん》をはひらない前《まへ》に、彼《かれ》はからつぽになつた財布《さいふ》の中《なか》と妻《つま》の視線《しせん》を思《おも》ひ浮《うか》べながら、その出來心《できごころ》を少《すこ》し後悔《こうくわい》しかけてゐた。始終《しじふ》支拂《しはら》ひに足《た》らず勝《が》ちな月末《つきずゑ》までにもう十|日《か》とない或《あ》る秋《あき》の日《ひ》の夕方《ゆふがた》だつた。
「あら、またこんな物《もの》を買《か》つてらしたの?」
さすがに隱《かく》しきれもせずに、夫《をつと》がてれ臭《くさ》い顏附《かほつき》でその壁掛《かべかけ》の包《つつ》みを解《ほど》くと、案《あん》の條《でう》妻《つま》は非難《ひなん》の眼《め》を向《む》けながらさう言《い》つた。
「うん、近《ちか》い内《うち》に取《と》り掛《か》かる裸體《らたい》のバツクに使《つか》ふ積《つも》りなんだよ」
「まア。うまい言譯《いひわけ》をおつしやるのね」
と、妻《つま》は口元《くちもと》に薄《うす》い笑《わら》ひを浮《うか》べた。
「いや、ほんとだよ」
「ふふふ、怪《あや》しいもんだわ。始終《しじふ》そんな道具立《だうぐだ》てばかりなすたつて、お仕事《しごと》の方《はう》はちつとも運《はこ》ばないぢやないの」
「そんな事《こと》はない。今度《こんど》はきつとする。展覽會《てんらんくわい》の方《はう》の約束《やくそく》もあるんだから‥‥」
「どうだか、またいつもの豫定《よてい》だけなんでせう」
妻《つま》は微笑《びせう》をつづけながら言《い》つたが、そこで不意《ふい》に眞顏《まがほ》にな
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