へいし》の集團《しふだん》は濕《しめ》つた路上《ろじやう》に重《おも》い靴《くつ》を引《ひ》き摺《ず》りながら、革具《かはぐ》をぎゆつぎゆつ軋《きし》らせながら劍鞘《けんざや》を互《たがひ》にかち合《あは》せながら、折折《をりをり》寢言《ねごと》のやうな唸《うな》り聲《ごゑ》を立《た》てながら、まだ五六|里《り》先《さき》のN原《はら》まで歩《ある》かなければならなかつた。
「F町《まち》はまだかな‥‥」とまた河野《かうの》が振《ふ》り向《む》いて、思《おも》ひ出《だ》したやうに訊《たづ》ねた。
「もう直《ぢ》きだ。よつ程《ぽど》前《まへ》にE橋《はし》を渡《わた》つたからな‥‥」と、私《わたし》は眠《ねむ》たさを堪《こら》へながら生返事《なまへんじ》をした。
「さうか、それでもまだ先《さき》はなかなか遠《とほ》いなあ‥‥」と、河野《かうの》は右手《みぎて》の銃《じう》を重《おも》さうにずり上《あ》げながら云《い》つた。
「うん、それもさうだが、何《なに》しろ己《おれ》はもう眠《ねむ》くて閉口《へいこう》だ。此處《ここ》らでゴロリとやつちまひたいな‥‥」
「全《まつた》くだ。今《いま》一寢入《ひとねいり》させてくれりやあ命《いのち》も要《い》らないな‥‥」
「はは、かうなりやあ人間《にんげん》もみじめだ‥‥」と、私《わたし》は暗闇《くらやみ》の中《なか》で我知《われし》らず苦笑《くせう》した。
河野《かうの》も私《わたし》もそのまま口《くち》を噤《つぐ》んだ。そして、時々《ときどき》よろけて肩《かた》と肩《かた》をぶつけ合《あ》つたりしながら歩《ある》いてゐた。私《わたし》はもう氣《き》になる中根《なかね》の事《こと》なんかを考《かんが》へる隙《すき》はなかつた。自分自身《じぶんじしん》まるで地上《ちじやう》を歩《ある》いてゐるやうな氣持《きもち》はしなかつた。重《おも》い背嚢《はいなう》に締《し》め著《つ》けられる肩《かた》、銃《じう》を支《ささ》へた右手《みぎて》の指《ゆび》、足《あし》の踵《かかと》――その處處《ところどころ》にヅキヅキするやうな痛《いた》みを感《かん》じながら、それを自分《じぶん》の體《からだ》の痛《いた》みとはつきり意識《いしき》する力《ちから》さへもなかつた。そして、――寢《ね》てはならん‥‥と、一|所懸命《しよけんめい》に考《かんが》へてはゐながら、何時《いつ》の間《ま》にかトロリと瞼《まぶた》が落《お》ちて、首《くび》がガクリとなる。足《あし》がくたくたと折《を》れ曲《まが》るやうな氣《き》がする。はつと氣《き》が附《つ》くと、前《まへ》の兵士《へいし》の背嚢《はいなう》に鼻先《はなさき》がくつついてゐたりした。
「眠《ねむ》つては危險《きけん》だぞ。左手《ひだりて》の川《かは》に氣《き》を附《つ》けろ‥‥」と、暫《しばら》くすると突然《とつぜん》前《まへ》の方《はう》で小隊長《せうたいちやう》の大島少尉《おほしませうゐ》の呶鳴《どな》る聲《こゑ》が聞《きこ》えた。
私《わたし》はきよつとして眼《め》を開《ひら》いた。と、左手《ひだりて》の方《はう》に人家《じんか》の燈灯《ともしび》がぼんやり光《ひか》つてゐた――F町《まち》かな‥‥と思《おも》ひながら闇《やみ》の中《なか》を見透《みすか》すと、街道《かいだう》に沿《そ》うて流《なが》れてゐる狹《せま》い小川《をがは》の水面《みづも》がいぶし銀《ぎん》のやうに光《ひか》つてゐた。霧《きり》は何時《いつ》しか薄《うす》らいで來《き》たのか、遠《とほ》くの低《ひく》い丘陵《きうりよう》や樹木《じゆもく》の影《かげ》が鉛色《なまりいろ》の空《そら》を背《せ》にしてうつすりと見《み》えた。
「志願兵殿《しぐわんへいどの》、何時《なんじ》でありますか‥‥」と、背後《うしろ》から兵士《へいし》の一人《ひとり》が訊《たづ》ねた。
「一|時《じ》十五|分前《ふんまへ》だ‥‥」と、私《わたし》は覺束《おぼつか》ない星明《ほしあか》りに腕時計《うでどけい》をすかして見《み》ながら答《こた》へた。
が、さう答《こた》へながらも夜《よる》がそんなに更《ふ》けたかと思《おも》ふと同時《どうじ》に、私《わたし》の眠《ねむ》たさは一さう濃《こ》くなつた。そして、ふらふらしながら歩《ある》き續《つづ》けてゐる内《うち》に現實的《げんじつてき》な意識《いしき》は殆《ほとん》ど消《き》えて、變《へん》にぼやけた頭《あたま》の中《なか》に祖母《そぼ》や友達《ともだち》の顏《かほ》が浮《うか》び上《あが》つたり、三四|日前《かまへ》にK館《くわん》で見《み》た活動寫眞《くわつどうしやしん》の場面《ばめん》が走《はし》つたりした。――夢《ゆめ》かな‥‥と思《おも》ふと、木《き》の
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