に見《み》せ[#「せ」は底本では欠]てくれた。實《じつ》に‥‥」と、感情的《かんじやうてき》な高岡軍曹《たかをかぐんそう》は躍氣《やつき》となつて中根《なかね》を賞讃《しやうさん》した。そして、興奮《こうふん》した眼《め》に涙《なみだ》を溜《た》めてゐた。「貴樣達《きさまたち》はあの時《とき》の中根《なかね》の行爲《かうゐ》を笑《わら》つたかも知《し》れん。然《しか》し、中根《なかね》は正《まさ》しく軍人《ぐんじん》の、歩兵《ほへい》の本分《ほんぶん》を守《まも》つたものだ。豪sえら》い、豪《えら》い‥‥」
かう云《い》ひ續《つづ》けて、高岡軍曹《たかをかぐんそう》はやがて詞《ことば》を途切《とぎ》つたが、それでもまだ賞《ほ》め足《た》りなかつたのか、モシヤモシヤの髭面《ひげづら》をいきませて、感《かん》に餘《あま》つたやうに中根《なかね》二|等卒《とうそつ》の顏《かほ》を見詰《みつ》めた。分隊《ぶんたい》の兵士達《へいしたち》はすべての事《こと》の意外《いぐわい》さに呆氣《あつけ》に取《と》られて、氣《き》の拔《ぬ》けたやうに立《た》つてゐた。が、日頃《ひごろ》いかつい軍曹《ぐんそう》の眼《め》に感激《かんげき》の涙《なみだ》さへ幽《かす》かに染《にぢ》んでゐるのを見《み》てとると、それに何《なん》とない哀《あは》れつぽさを感《かん》じて次《つぎ》から次《つぎ》へと俯向《うつむ》いてしまつた。
が、中根《なかね》は營庭《えいてい》に輝《かがや》く眞晝《まひる》の太陽《たいやう》を眩《まぶ》しさうに、相變《あひかは》らず平《ひら》べつたい、愚鈍《ぐどん》な顏《かほ》を軍曹《ぐんそう》の方《はう》に差《さ》し向《む》けながらにやにや笑《わら》ひを續《つづ》けてゐた。
底本:「新進傑作小説全集 第十四巻(南部修太郎集・石濱金作集)」平凡社
1930(昭和5)年2月10日発行
初出:「文藝倶樂部」1919(大正8)年12月号
入力:小林徹
校正:松永正敏
2003年12月6日作成
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