…」頷き返しながら、私はその女の方を思はず惹きつけられるやうに見詰めた。
それまで私もその女には氣附かずにゐた。丈の高い男の嚴丈さうな腕に、もたれるやうに腰を抱きかかへられながら、女は踵の高い赤革靴の運び輕げに踊つてゐる。房房した亞麻色の髪を羊の毛のやうに縮らせた、小柄の、然し肉附の好い女。強い線を描いた彫刻的な鼻と、きつと投げた瞳の光に何處となく智的な感じがあつた。年は二十二三なのであらう。如何にも物慣れた、形の好い恰好に踊り續けながら、時時|眞面《まとも》になる女の顏には、外の女達とは際立つて品の好い、が、同時に強く人の眼を奪ふやうな魅力のある笑ひが始終たたへられてゐた。
「あの女がね……」と、グラスを一啜りして、水島君は云つた。
「うむ……」
「この酒塲《カバレエ》での一番腕つこきなんださうだよ。」
「さうだらう。――美人《シヤン》ぢやあるし、何處か凄さうな處があるもの……」と、相槌打ちながら、私は水島君を振り返つた。
と、水島君は何故かにやりと笑つた。
「處でね、あの女の前身は何だと思ふ?――何處か感じに變つた處があるだらう……」
「さあ、さう云へば、何だか上品な氣がするね。――やつぱり貴族か何かの……」
「さうだ。その通りなんだ。――あれがねぇ君、帝政時代の或る伯爵の娘だと聞いたら驚くだらう。」
「驚くね。――ふうん、伯爵の娘か……」と、私は思掛ない氣持で、またその女の方を見返つた。
と、丁度その時、フオツクス[#「フオツクス」は底本では「フオツス」]・トロツトの一くさりが終つた處だつた。顏に踊のあとの疲れと興奮の色を浮べた男女達は組を解いて、それぞれの席につくのであつたが、その女は肩越しに首筋を男に抱きかかへられたまま、窓際の、酒賣棚から五番目の椅子に腰を降した。そして、テエブルの上にあつたグラスの、琥珀色の酒をぐいと呑み干すと、いきなりまた男の首筋に白い手を卷きつけて、じやれつくやうに短い接吻をその唇に與へた。女が唇を離した時、男は淫らな眼を光らせながら直ぐそのあとを追つた。そして、縮こめた女の體をぐいと自分の胸に引き寄せて、二度目の接吻を交したかと思ふと、二人は身を搖す振つて一時に笑ひさざめいた。
「驚いたなあ……」と呟きながら、笑ひすまして、私は思はず顏をそむけてしまつた。が、如何にも捨鉢氣味な二人の歡樂の姿は私の氣持を曇らせずにはゐなかつた
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