さてその十數年間、何の業をかなせると見れば、黄粱一夢鴻爪刻船のさまなるも多かり、我には、數ならねど、此十年間の事業は痕をとゞめたり、相乘除せば、さまで繰言すべくもあらじ、まして、箕裘を繼ぎつる上はこの文學の道にかくてあらむは、おのれが分なり。さるにても、世の操觚の人は、史文に、綺語に、とかく、花も實もありて、聲聞利益を博せむ方にのみ就くに、おのれは、かゝる至難にして人後につき名も利も得らるまじきうもれ木わざに半生をうづみつるは、迂闊なる境涯なりけり。されど、この業、文學の上に、誰か必用ならずとせむ、必用なる業なれど人は棄てゝ就かず、おのれは人の棄てつる業に殉せり、いさゝか本分に酬ゆるところありともせむかし。
本篇引用の書にいたりては、謹みて中外古今碩學がたまものを拜す、實に皆その辛勤の餘澤なり、家に藏せる父祖が遺著遺書のめぐみ、また少からず。編輯中の質疑にいたりては、黒川眞頼、横山由清、小中村清矩、榊原芳野、佐藤誠實、等諸君の教、謝しおもふところなり。然して、稿本成りて、名を言海とつけられしは、佐藤誠實君の考選にいでたり。稿本の淨書をはじめつるは、明治十五年九月にて、局中にて、中田邦行
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