して、收むべき言語の區域、または解釋の詳略などは、およそ、米國の「ヱブスター」氏の英語辭書中の「オクタボ」といふ節略體のものに傚ふべしとなり。おのれ、命を受けつるはじめは、壯年鋭氣にして、おもへらく、「オクタボ」の注釋を翻譯して、語ごとにうづめゆかむに、この業難からずとおもへり。これより、從來の辭書體の書數十部をあつめて、字母の順序をもて、まづ古今雅俗の普通語とおもふかぎりを採收分類して、解釋のありつるは併せて取りて、その外、東西洋おなじ物事の解は、英辭書の注を譯してさしいれたり。かくすること數年にして、通編を終へて、さて初にかへりて、各語を逐ひて見もてゆけば、注の成れるは夙く成りて、成らぬは成らず、語のみしるしつけて、その下は空白となりて、老人の齒のぬけたらむやうなる所、一葉ごとに五七語あり。古語古事物の意の解きがたきもの、説のまち/\なるもの、八品詞の標別の下しがたきもの、語原の知られぬもの、動詞の語尾の變化の定めかぬるもの、假名遣の據るところなくして順序を立てがたきもの、動植物の英辭書の注解に據りたりしものゝ、仔細に考へわくれば、物は同じけれども、形状色澤の、東西の風土によりて異なるもの、其他、雜草、雜魚、小禽、魚介、さては、俗間通用の病名などにいたりては、支那にもなく、西洋にもなく、邦書にも徴すべきなきが多し。かく、一葉毎に、五七語づゝ、注の空白となれるもの、これぞ此編輯業の盤根錯節とはなりぬる。筆執りて机に臨めども、いたづらに望洋の歎をおこすのみ、言葉の海のたゞなかに櫂緒絶えて、いづこをはかとさだめかね、たゞ、その遠く廣く深きにあきれて、おのがまなびの淺きを耻ぢ責むるのみなりき。さるにても、興せる業は已むべきにあらず、王父の遺誡はこゝなりと、更に氣力を奮ひおこして、及ぶべきかぎり引用の書をあつめ、又有識に問ひ、書に就き、人に就き、こゝに求め、かしこに質して、おほかたにも解釋し、旁、又、別に一業を興して、數十部の語學書をあつめ、和洋を參照折中して、新にみづから文典を編み成して、終にその規定によりて語法を定めぬ。この間に年月を徒費せしこと、實に豫想の外にて、およそ本書編成の年月は、この盤根錯節のためにつひやせること過半なりき。(この間に、他書の編纂※[#「てへん+交」、第4水準2−13−7]訂など命ぜられ、又、音樂取調掛兼勤となりしことも數年なりき。)解釋をあ
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