人お泊りに御座りまする」
「恐れ多くも、御当主の御落胤と申立て、証拠の脇差を持って、御召抱の願いに魂胆致し居るとか。実際であろうな」
「能《よ》く御存じで、実は出羽様の天城屋敷御入りの為、差控え、御帰りを待って内々その運びにという事で……それを能くあなた様には御存じで」
「いや、拙者ばかりではない。既に出羽殿にも御承知」
「へえ――、えらいお早耳で」
「出羽殿より早速これを御上の御耳にも入れたところ、以ての他の事。しかしながら、浪人とあるからには家中同様の刑罰も加えられまい。見す見す騙り者と知れながらも、手の下し様もない事故《ことゆえ》。願いのままに一応は召抱え、その上にて、即座に切腹仰付けられるという、こうした御内意に定ったのじゃ」
「うへ――」
「不届なる浪人どもは、それにて始末は着くであろうが、その騙り者の宿を致したる咎《とが》に依って、その方半田屋は欠所。主人は所払い」
「うへッ」
「いかにもそれは気の毒と存じるので、内々その方の耳に入れて置く。そこまでに立至らぬ前に、何とか好きように致したらどうじゃ。これは拙者がホンの好意からの注意」
「や、有難う御座りました。なる程御召抱えの上なら切腹申付けられても否《いな》み様は御座りませぬな。宜しゅう御座りまする。左様当人にも申聞けまして、や、これは、実に、大変な事になりました」
アタフタとして九兵衛は帰り去った。
九兵衛から金三郎等に、召抱えの上切腹云々を密報したので、これには驚いた。
「でも、確かに拙者は落胤で、証拠の脇差も持参の事故《ことゆえ》」
金三郎は半泣きになって愚痴を口走った。
「駄目だよ。トテモ駄目だよ。池田家に取ってその落胤が飛出したので都合が悪いに相違無いのだから、先方に好意が無いのに、こちらから押売してもイカン。召抱えられて見れば池田家の家郎《けらい》。池田家の家来となって見れば、主命に依って切腹仰付けられ、となって見る日になって見ると、お受けをしない訳にも行くまいから。諦めろッ」
参謀たる奥野後良、もう逃げ腰。
「や、それもそうだ。命あっての物種だ」と駒越左内も臆病風《おくびょうかぜ》。
九兵衛は又|家《うち》の大事と。
「どうか少しも早く御立退きを願いまする。お預かりの百両は、宿賃を差引いてお返し致しまするで、や、どうかそうなさった方がお互いの身の為。死んだ尼さんの後葬《あととむ
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