しょうで、御手数ながらその御見立を一札どうぞ」
「や、心得て御座る。決してこれは毒死では御座らぬ。これは医師の立場からして、拙老がどこまでも保証仕るで、御心配には及ばぬ事じゃ」
届書に俊良、食べ合せ物宜しからず、脾胃《ひい》を害《そこな》い頓死|云々《うんぬん》。正に立会候者也と書き立てた。
検視の役人も来ぬではなかったが、医師の証明があるので、一通り検分の上無事に引揚げた。
急いで死体は笹山《ささやま》へ送って火葬。尼の堕落が悲惨の最期。いわゆる仏説の自業自得であった。
六
天城屋敷の池田出羽の許《もと》へ早馬で駈着けたのは野末源之丞。奥書院にて人払いの上、密談の最中。池田出羽は当惑の色をその眉宇《びう》の間に示しながら。
「シテ、その小笠原金三郎とやら申す浪人の所持致す脇差に就て、御上《おかみ》には御心覚えあらせられるかあらせられぬか。一応御伺い致されたか」
源之丞は恐る恐る。
「御伺い致しましたところ、御覚えの程シカと御心には御留めあらせられぬとの御仰せ。しかし、御傍《おそば》御用の日記取調べましたるところにては、初代長光の御脇差。こしらえは朱磯草研出しの蝋色鞘。山坂吉兵衛の小透し鍔に、鮫皮萌黄糸の大菱巻の※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《つか》。目貫には銀の輪蝶《りんちょう》の御定紋。ちゃんと記録が御座りまする」
「ふむ、それに符合致す脇差を、浪人が所持するに相違無いな」
「左様に御座りまする」
「その金三郎と申す浪人の面体《めんてい》は」
「恐れ多い事ながら、御上に克似《そっくり》の箇所も御座りまする」
「ふむ――」
智慧出羽《ちえでわ》と云われた池田の名家老も、こう聴いてはハタと当惑せずにはいられなかった。
「それで御上にはなんと仰せあそばされた。御脇差を御直々に、侍女《こしもと》鶴江に御遣わしの御覚え、あらせられるか、あらせられぬか、何んと仰せあそばされた」
「どうも覚えは無い……との御言葉」
「ふむ、その御言葉は、濁っていたか。澄んでいたか」
「何ともそこは、拙者には……」
「いや、大事なところじゃ、構わず御身の見たままを云って見なされえ」
「憚《はばか》りなく申上げますれば、平時《いつも》の御上の御言葉とは少し御違いあるかに承わりました」
「それで、この事件を他の者には聴かさずと、この出羽に先ず相談せよと、こ
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