ボを見ては、気絶するばかりに虫が好かぬのであった。
お綾が顔色を変えて逃げ出すのを見て、ダラダラ大坊は一層面白がって。
「わしの嫁になりんさい。それがイヤなら蝦蟇のイボイボを嘗《な》めんさい」そう云いながら追掛けた。
それを横合から出て救ってくれた一人の若侍。これは御側《おそば》小姓を勤める野末源之丞《のずえげんのじょう》というのであった。
それが縁となって、夜の京橋|上《うえ》に源之丞が謡曲《うたい》の声を合図として、お綾は裏口から河原に忍び出るとまで運んでいた。
お綾はその野末源之丞の許へ、小笠原金三郎の御落胤云々、と手紙を以て密告に及んだ。栴檀《せんだん》の木稲荷の絵馬売の老婆に託して、源之丞が射場通いの途中、密《そっ》と手渡して貰ったのであった。
「容易ならぬ一大事」
早速野末源之丞から、新太郎少将の御耳に入れたのは勿論であった。
四
一方には旅医者奥野俊良。家老職池田|出羽《でわ》に面会して、内密に落胤の事を談じ、表面は浪人御召抱えの嘆願という手筈を定めていたが、生憎《あいにく》その池田出羽が、天城屋敷《あまぎやしき》に潮湯治《しおとうじ》の為出向いているので、今日か翌日《あす》かと日和を見ていた。
こちらには小笠原金三郎。京大阪にも珍らしい美人お綾が、昼間は殆《ほとん》ど付切りで、なにかと心づけてくれるので大喜び。
ではあるが、ここは一番大事なところだと考えた。公然新太郎少将と父子の名乗りは出来ぬかも知れぬが、内密の了解は得て、いずれは池田家へ召抱えられて、分家格で何千石かを頂き、機《おり》を見ては又何万石かを貰える様になるのは、分り切っているのであるから、その前に宿屋の娘と馴れ親んでいたなど、少しでも不行跡を認められては工合が悪い。ここが我慢の仕所だと、そういう常識も出る事は出た。
けれどもまたその後から、しかし、お綾は無類の美人だ。あれと一夜語り明かして見たい。そうした若い者の情に燃えて、抑えかねてもいるのであった。
この道は又別なものという証拠は、現に聖賢の道に深入りして四角張ってのみいられる池田新太郎少将に見られるのだ。その裏面において、侍女《こしもと》を懐妊させたという秘事さえあるのだもの。ましてや我等凡夫に於てをやなんど、そんな勝手な考えが忽ち持上って、矢張お綾が給仕に来ると、どうも冗談口を利かずには済ま
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