てやろうと息を殺して寝た、真似をしておった。
その間にいつしか本当に眠ってしまった。真夜中に目を覚まして、もう女はいないだろうと、布団の襟から顔を出して見ると、絹張の朱骨《しゅぼね》丸行燈《まるあんどん》の影に、ションボリとして一人の娘が坐《すわ》っていた。
おや、また来たのか。それとも先刻《さっき》から立去らずにいるのかと、その判断に苦しみながら。
「お前は何しに来た」そう云って詰問したツモリなのだが、どうしたのか、喉から声が出なかった。それを無理に出そうとすると、その苦しさと云ったらないのであった。これでは未《ま》だ本当に目が覚めていないのではないかと心着いた。
けれども夢で見るとは思われない程、行燈の影の娘はハッキリしていた。衣物《きもの》は黄八丈《きはちじょう》の襟付で、帯は黒襦子《くろじゅす》に紫|縮緬《ちりめん》の絞りの腹合せ。今までの石持染小袖《こくもちそめこそで》の田舎づくりと違って、ズッと江戸向きのこしらえであった。
色紙《いろがみ》縮緬を掛けた高島田が、どうしたのか大分くずれていた。ほつれ毛が余りに多過ぎる程、前髪と両鬢《りょうびん》とから抜け出ていた。項垂《うなだ》れているので顔は能《よ》く分らないが、色の白さと云ったらなかった。透き通って見えるような。恐らく今まで来た娘の中で、一番美しかろうと想像されるのであった。
この娘は、純之進が目を覚ましたと知って、白い細い手の先を左右とも後へ廻して、縛られたような形をして、さもさも身内が痛むらしい挙動。ブルブルと身をふるわせたかと思うと、ワッとばかりに泣き入った。
その悲鳴の物すごさに、純之進は思わず声を立て、人を呼ぼうとした。けれども依然として声が出ないのであった。
高島田の娘は泣き入ってのみはいなかった。何か向うからも云いたそうにして、これも意の如く言葉が出ぬらしかった。
「旦那様……旦那様……」
呼び起してくれたのは三間《みま》ばかり隔てて寝ていた若党|源八《げんぱち》であった。そこまで聴こえる程の高声で純之進は唸《うな》されていたのであった。
三
夢であったと知れながらも、純之進は気味悪く感ぜずにはいられなかった。
「古い家には、能く人の唸される部屋があるもので、それは逆さ柱があるとか。窓の方角が、わるいとか。つまりなわめ[#「なわめ」に傍点]筋、あるいはえ
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