でしょう。」
「さようさ。」と博士は四辺を見廻していたが、
「とにかくこの山を向側に越して、今少し行って見よう。」
と、その紀念碑の裏に廻った。こちらは足の掛りもないほど急で、頂上《てっぺん》から下を見ると眼も眩むばかり幾十万丈とも知れぬ深さだ。
 光雄はその一番先きに突き出している岩の上に這い出て下を見ていたが、立ち上ろうとする途端によろよろとして底知れぬ千仭《せんじん》の谷に真倒様《まっさかさま》に落ちて終った。
 晴次はこの有様に吃驚して、どうしようと度を失っていると博士は手帳に、
「さああの後に蹤《つ》いて一同《みんな》も飛び降りるんだ。」
「え? ここから」
と晴次が吃驚するまもなく博士は勢をつけて飛んだ。
 乱暴※[#感嘆符三つ、35−上−18] 乱暴※[#感嘆符三つ、35−上−18]
 晴次はますます驚いていると、助手が、
「貴方何も心配なさる事はありません。空気のない処じゃ羽根のようなもんです。いくら高い処から飛んだって平気なんです。」
「さあ一緒に降りましょう。」
と晴次の手を取って否《いや》がる奴を無理に谷底見蒐けて飛び込んだ。
「もう駄目だ。死んで了《しま》うんだ。」
と思って晴次は眼を閉じたが、どうも千仭の谷底へ落ちているとは思われない。まるで風船にでも乗って下っているよう。フワフワとして気持のよさったらない。
 不思議に思って眼をあけると、不思議※[#感嘆符三つ、35−下−10] 不思議※[#感嘆符三つ、35−下−10] 助手が教えてくれたように、春風に鳥の毛が散っているくらいの速力《はやさ》で、そろそろと下降しているのだ。
「これは面白い。」
と横を見るとほかの連中も莞爾莞爾して同じく気持のよさそうにキョロキョロ四辺を眺めながら降っている。
 次第次第に地が見え出すと、下には博士と光雄が笑いながら、三人の飛び降りるのを見上げて待っている。
 やがて地に着くと、粉微塵になると思ったのが大違い、花火の風船玉が落ちたくらいに音もせず一同無事にそこに立った。
 互にその不思議な現象を笑いながら、なおも人々と進んで行くと、また大きな平原=否《いや》海原に出た。
「ここは何という処ですか。」
と晴次が聞くと、
「ここはツランクイリチー大海の痕だ。」
と博士は手帳に書き示した。
 一同は又そこを横切った。
 かれこれ半ば頃にも達したと思う頃、遥か岩の影
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