ているのだが、一向酔ったような顔はしていなかった。色は青味を帯びた、眉毛の濃く、眼の鋭い、五分《ごぶ》月代毛《さかやけ》を生《はや》した、一癖も二癖もありそうなのが、
「お武家様、失礼ながら、大分御酒はいけますようで」と声を掛けた。
「いや余計もやらぬが、貧乏世帯の食事道具|呑位《のみぐらい》のものじゃ」
「へえ、貧乏世帯の食事道具呑……聴いたことがございませんな。それはどういう呑み方でございますか」
「金持の道具では敵《かな》わぬが、貧乏人の台所なら高が知れておる。それに一通り酒を注《つ》いで片っ端から呑み乾すのだ」
「へえ、それでは、まあ茶碗に皿、小鉢、丼鉢、椀があるとして、親子三人暮しに積ったところで、大概知れたもんでございますな。手前でもそれなら頂けそうでございます」
「ところが、拙者は茶碗や皿などは数には入れておらん。いくら貧乏世帯でも鍋釜はあるはず。それまで一杯注いで置いて呑む」
「こいつあ恐れ入りました」
 まさか小机源八郎、それ程呑めもしないのだが、座興《ざきょう》を混ぜて吹飛ばしたのだ。
 話が面白くなって酒も大分はずんで来た。
「や、拙者は当所の御祭礼は初めてだが、なんでも昨年は、暗闇の間に、余程奇怪な事が行われたと申すが、それはほんの噂に過ぎぬのか。それも本統にあった事かな」
 源八郎はこの旅商人が去年の祭にも来ていたというのからして、探りを入れて見たのであった。
 旅商人は少し真面目《まじめ》になって、
「旦那のお聴きになったのは、どんな出来事でございましたね」と問い入れた。
「されば、なんでもどこかの侍が数人とも顔面を何者にか知れず傷つけられたと申す事で」と明白《あからさま》には源八郎云わなかった。
「や、それは私として、初耳でございますが、私の聴きましたのは、ちっと違いますので」
「どんな話か、肴に聴きたいもんだな」
 そう云いつつ、猪口《ちょこ》代用の茶碗をさした。

       三

 旅商人は四辺《あたり》に気を配り、声を低めて、
「実は旦那、去年には限りません、毎年この暗闇祭には、怪しい事があるんでございますよ。ですが、それをぱっとさせた日には、忽ちお祭がさびれっちまうので、土地の者は秘し隠しにして居りますがね。昨年のはちっと念入りでございましたよ。女がね、お臀《しり》の肉を斬られたんでね。なんでも十二三人もやられたらしいんで。
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