猥雑《わいざつ》な顫律《せんりつ》を漾《ただよ》わせて、色欲のテープを、女郎《じょろう》ぐものように吐き出した。
そして、縹緻《きりょう》よしの踊子は、たえまなく富裕な旋律のなかにいた。
ふと、僕は気がつくのであった。この湿気のある踊場風景のなかに、赤色ジョウゼットの夜会服をつつんだ、栗鼠《りす》の豪奢な毛皮の外套をつけたアトラクティブな夜の女の華車な姿が、化粧鏡を恋愛の媾曳《あいびき》のための、こころの置場として、僕に微笑みかけているのだ。
たった、ひとりで踊場にあらわれるレデーの香入りの天蓋《てんがい》の下で、僕は曲線のあるウィンクを感じながら、女性の罠と、慇懃《いんぎん》な精神のむなさわぎを衝《う》ける。
浮舟のようにネオンサインにブルウスの曲目があらわれると、ジャズ・バンドが演奏を始めた。すると、恋を語るには千載に一遇のこの曲に立ちあがる男女、………そして、僕も立ちあがると、馴染みの踊子のアストラカンの裾を踏むようにして、
「――あの、栗鼠の毛皮の外套をつけた女を知ってる?」
すると、僕のパートナーは陽気な鼻声をだして、
「――………気に入った。」
「――………うん。」と、うなずくのを、踊りながら好色的な上眼づかいに見て、かの女は僕の背中にエピキュリアン同志のする暗号をつたえると、
「――お世話しましょうか?」と、小声で、そっと囁《ささや》く。
「――たのむ。」
「――その御礼は?………………」
「――その、今月分の衣裳屋の仕払いを引うけるよ。」
すでに、かの女は栗鼠の毛皮をつけた女を囮《おと》りにして、
「――いいわ、こんどのワルツの曲のとき、あんた、あのレデーに申込むのよ。それまでに話しつけとくわ。……」
そして、ふたたびダンス場の桃色の迷宮のなかで僕は、嗄《かす》れ声のジャズ・シンガーの唱う恋歌に聞き惚《ほ》れていた。
イタリアンとの混血児の上海《シャンハイ》からこの土地に稼ぎにやってきた踊子の鳩胸、その偉大な女性の耕作地にこだまするサキソフォンの反響、かの女は、いつも踊場に蜜月の旅をつづける。
また、あらゆるものは緩《ゆる》やかに旋回した。その夜の幾枚目かの衣裳を着替えて化粧室からあらわれてくる踊子は、その小脇にかかえた口紅棒の汚点のついたハンド・バッグを離さない。………かの女たちは、ハンド・バッグさえあれば、たとえ露天の夜だってた
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング