が単なる混沌でなく、前進するラクダであっていつか彼等の富源を発見し機械的であった過去の人間が生物学的に発達したときの支那の混沌《こんとん》を思うのです。ああ、いまになって妾はこの社会の共産主義的|煽動《せんどう》の任務を放棄したいとさえ考えるのです。
 ――レムブルグ、貴女の女らしい夢想。
 すると彼女が地団駄を踏んで、
 ――いいえ、妾は所詮《あきらめ》てしまったのです。いつか各州のブルジョワは彼等の利益のために結合するのです。この支那の社会に直接プロレタリア革命は到底不可能な企業としか考えられぬのです。
 傴僂《せむし》の料理女が鱶《ふか》の臭をさして食卓の用意が整ったことを知らせた。彼女は昨夜からの涙の滲んだ絹のハンカチを香港の朝の風景に飜えして、
 ――妾達は陳独秀の健康を祈るのです。陳独秀! 貴方がご無事であることを祈願して、同志、万歳!と、彼女は晴れ渡った空に向って号《さけ》ぶのであった。

 ホテル・マンションには、青銅色の秋が訪れていた。米良が電流に乗ってリー・シー・ツワンの部屋に這入ると、彼は寝台のなかで外出着をつけて胸には瀝青を鍍金《めっき》した勲章をぶらさげていた
前へ 次へ
全27ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング